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86 銃騎士隊の魔王

ノエル視点→ナディア視点→アーク視点

 ナディアがシャルロットから獣人による南西列島の襲撃について聞かされる少し前――――


 ノエルはジュリアスを訪ねて銃騎士隊本部を訪れていた。仕事のためにアテナと外国へ行かねばならず、その間のナディアに関する偽装工作を長兄に頼むためだった。


 しかし本部にやって来れば建物内全体が何故だかバタバタしていた。ノエルは隊長一家の身内であり顔も知られているため、本部内に入っても特に咎められることもなく二番隊長執務室へと辿り着いた。


「……」


 一応扉をノックしてみたが返事はない。扉を開けてみたがやはりジュリアスは部屋にいなかった。


 ノエルは扉を閉めようとしたが、部屋の中に突然現れた人影を見て手を止めた。


「父さん、ジュリ兄さんは?」


 瞬間移動で執務室内に現れたのは自分たちの父親であるアーク・ブラッドレイだ。灰色の髪に灰色の瞳をした銃騎士は、家族に久しぶりに会っても笑顔や親愛の情一つ浮かべることもなく、いつも通りの無表情でノエルを見つめていた。


「ジュリアスはキャンベル伯領で起こった襲撃事件の処理のために昨夜から現地へ行っていて不在だ」


「そうですか……」


 キャンベル伯領を治めるキャンベル伯爵家は長兄の婚約者の実家であり、獣人王シドの住む里から一番近い貴族領でもある。シドが率いる獣人たちの襲撃に遭ってまた被害が出たのかと思うと心が痛い。


 ノエルはナディアについては長兄ではなく弟の誰かに頼もうと思った。しかし、その場を後にしようとしたノエルに向かって、アークはこんな提案をしてきた。


「あの娘の監視ならば俺がやろう」






******






 ゼウスの危機を聞いて立ち尽くすナディアは、さらに何か言っているシャルロットの言葉の意味は全然理解できなかったし、リンドが本当に塩を持ち出してきて彼らに撒いていたり、その行為に怒り心頭のシャルロットが、ユトに押さえられるように店の外に連れ出されたりしたことにも無反応だった。


 ただ、ゼウスのことだけが心配だった。彼は銃騎士で、死ぬこともあるのだという側面を今更ながらに突きつけられた気がした。


「――ッサ、大丈夫か? メリッサ」


 リンドの呼びかけに、ナディアはようやく正気に戻ったかのようにハッとした。


 店の中にシャルロットの姿はない。彼女は既にユトの手により、店の前に停めていた公爵家の馬車に押し込められて去った後だった。


「リンドさん! どうしよう! ゼウスが死んでいたらどうしよう!」


 ナディアは泣きそうなって慌てふためく。


「落ち着け。死んだのがあの青年だとは限らない。それに南西列島が再び襲われたと言っているのはあの女だけだ。今朝の新聞にも載っていなかったし、本当にあったことなのかどうかもわからない。不確かな情報に踊らされるんじゃない」


「あの、あの………… すみません、やっぱり今日は早退させてください。ゼウスが無事でいるのか確かめたいんです」


「ああ、わかった」


 リンドはそこで、少し喉の調子が悪そうに咳払いをした。


「今日はエリーも来ると言っていたし、店のことは気にするな。必要なら明日も休んで構わん」











 急いで帰り支度をして店を出たナディアが向かったのはアテナの家だった。しかし、呼び鈴を鳴らしたり戸を叩いても誰も出て来る気配がなかった。玄関を開けようとしても鍵がかかっていて、完全に留守のようだった。


 前に仕事で外国に行くと言っていたから、既に立った後なのだろうか。


(いやでも、もしかしたらゼウスに何かあって、ノエルと一緒に南西列島に行ったという可能性も……)


 ぐるぐると頭の中で色々なことを考えた結果、ナディアは意を決してとある場所へと向かった。











 ナディアの行き先は銃騎士隊本部――獣人にとっては天敵の総本山とも呼べる場所だった。自分の身の安全を考えれば本当はできるだけ近寄りたくないが、ゼウスの安否を確認するには彼の職場に聞いてしまうのが一番早い。


 パッと見、獣人界では下の下の下の容姿である自分はそう簡単には獣人だとは見破られないはずだ。


 怪文書の犯人が銃騎士隊にもナディアの正体を告げていたらかなりマズイわけではあるが、人間社会には「魔窟に入らずんば魔王の心臓を得ず」ということわざがあることをナディアは知っている。女は度胸だ。ゼウスの婚約者であると言えば誰か教えてくれるだろう。


 道に立って荘厳な造りの銃騎士隊本部を見上げていたナディアは、「よし!」と気合いを入れて歩き出し、銃騎士隊本部の門をくぐろうとしたが――――


「――――メリッサさん!」


 ナディアは声をかけられて振り返った。


「あ、レイン先輩」


 ナディアの歩いてきた道路の後方に、以前ゼウスに紹介してもらった銃騎士隊の先輩がいるのが見えた。


 何を急いでいるのか、レインは走ってナディアの所までやって来た。


「どうしたの? 君が銃騎士隊の本部に来るだなんて、何か用事?」


 レインは何故かやや強張った顔でナディアに尋ねてきた。


 ナディアは自分の幸運に感謝した。レインにゼウスの安否が聞けるのなら、わざわざ魔窟に入る必要はない。


「実はゼウスのいる南西列島がまた襲撃に遭ったと聞いて…… 銃騎士隊員も何人か亡くなったと聞いたので、ゼウスが無事か心配で……」


「そうか、それを聞きに来たのか。確かに南西列島は獣人の襲撃には遭ったが、死人は出ていないよ」


「そうなんですね! 良かった……!」


 ナディアはホッとした。一気に緊張がほぐれる。


「酷いのは西の方だ。隊員だけではなく住民にも深刻な被害が出ている。うちの隊長代行の専属副官の出身地だ。隊長代行たちは一足先に現地へ行っていて、俺も応援に呼ばれてこれから向かう所だった」


 言いながら、レインはナディアの背を押すようにさりげなく銃騎士隊本部から遠ざけようとする。


「本部にいるのは男ばっかりだから、君に変な虫が付いたらゼウスが悲しむ。こんな所には近付かない方がいい。


 ――――ここは、危険な場所だからね」











******






 二番隊長アークは執務室の机に足を投げ出すようにして座りながら、遠視の魔法を使って自ら敵地へ近付いて来る()()の様子を観察していた。


 結局はいらぬ横槍が入り、『犬』が本部の中にまで入ってくることはなかったが、アークは無表情のまま軽く舌打ちをした。


 レインにそのまま連れて来いと精神感応(テレパシー)を送ることもできたが、さてどうしてやろうかと決めかねていた部分もあり、今回はそのまま見送った。







ことわざは創作です


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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