80 届かない便り
ゼウス視点
「……あなた、それ本気?」
最初にショーンの指導の元に戦闘訓練をした日、初めてハロルドと手合わせをしたショーンは、二、三合打ち合ってから距離を取り、訝しげな表情をしながらハロルドにそう言った。
「え、ええっと…… ほ、本気です」
「ふーん……」
ショーンはハロルドの答えにどこか納得していない様子だったが、その後は特に何も言わず、手合わせ自体はショーンの勝利で終わった。
翌日、午後の戦闘訓練の時間にショーンは、現在は持ち場の島へ帰ってしまったが、その頃はまだ母島に滞在していたカイザー副支隊長とリオル専属副官と共に鍛錬場へ現れた。
カイザーは支隊の中でも一、二を争うほどに強いらしい。その相手と手合わせをするようにとショーンはハロルドに言った。
ハロルドと少し打ち合ったカイザーは、前の日にショーンがそうしたように、同じく距離を取り剣を下ろした。
「……なるほど」
カイザーはそう呟くと、眼鏡を外して副官へ預けた。
「副支隊長が眼鏡を外したわ! 本気モードよ!」
傍らではショーンが盛り上がっていた。眼鏡を外したら見えづらくなってしまうのではないかと思ったが、副支隊長の眼鏡は伊達らしい。
「シュトラウス、本気でいくぞ!」
「は、はいっ!」
気合いを入れたような声で宣言した後にカイザーがハロルドに斬りかかった。早すぎる動きに伴う鋭い斬撃。ゼウスであれば受け止めきれたかどうか定かではない攻撃を、ハロルドは剣で上手く止めた。続くカイザーの激しい攻撃をハロルドは全て防ぐ。
「本気を出せ! 実力を隠して獣人に勝てるとでも思っているのか!」
「す、すいません!」
戦闘訓練中に何度も叱責をされながら、防戦一方だったハロルドも徐々に攻撃に転じる――――
そして手合わせが終わった時、勝っていたのはカイザーではなくて、ハロルドだった。
(銃騎士隊二年目のほぼ新人が、一番隊南西副支隊長に勝ってしまった……)
「強さを隠すな。隠すのではなく、その力を役立てることを考えなさい。君の強さはこれから先必ず必要になってくる。もっと自分の力に磨きをかけて高みを目指しなさい」
カイザーは負けたことを気にするよりも先にハロルドに助言をしていた。
ハロルドが強すぎることに今更気付いたゼウスはアランと共に呆然としていたが、すぐそばのショーンは納得したようにうんうんと頷いていた。
次の日からハロルドの地獄の特訓は百回から三十回になった。強すぎるハロルドはそこまでしなくても大丈夫なのだと言う。
午後の戦闘特訓も、ハロルドは訓練される側ではなく、ショーンを含めたゼウスとアランに訓練をつける側になるようにと、ショーンから言われていた。
ゼウスはにわかには信じられなかったが、ショーン曰く、ハロルドはショーンでも勝てないくらいに強いのだと言う。ショーンは支隊の中でもかなりの猛者であるというのに。
ショーンはハロルドに稽古をつけてもらって自分も強くなるのだとウキウキしながら語っていた。
「ううっ…… 身体が痛い……」
一日の訓練を終えてシャワーを浴びたアランは、ゼウスと同室になった寮の寝台の上で死に体となっていた。
ちなみに副官となったハロルドは支隊長のすぐ隣の広めの部屋を与えられて、一人で使っている。
身体がボロボロなのはゼウスも同じだ。アランはこちらに来たら海辺で女の子を引っかけるつもりだと言っていたが、遊ぶ時間なんて全くなかった。
ゼウスはアランと同様にシャワーを浴びた後に食事の時間まで一眠りするつもりだったが、その前にメリッサへの手紙を認めようと文机の前に向かっていた。
ゼウスは元気がなかった。訓練が大変だからではない。副官に指名された同期の友との実力差を見せつけられて不甲斐なさを感じていたことも確かにあるが、それよりも、支隊に赴任した直後からずっとメリッサに手紙を出し続けているのに、返事が一向に来ないことが大きな理由だった。
(どうして返事が来ないのだろう)
最初の頃は私信だからと普通の手紙と同様に投函していたが、あまりにも返事が来なさすぎて、もしかしたらちゃんと届いてないのではと不安になり、最近は首都への伝令に混ぜて送ってもらっているから、確実に届いているはずなのに。
ここの所はほとんど毎日のように手紙を書いては出していたので、『もしかしたらうっとおしいと思われて嫌われてしまったのかもしれない……』とか、『いや、やはり自分以外の別の男が彼女の前に現れてしまったんじゃないか……』と、ゼウスはずっと悶々としていた。
「ゼウスー、全身が痛いよー、マッサージしてー」
アランがしくしくと泣きながら訴えてくる。ゼウスは一つため息を吐き出すと、椅子から立ち上がり先輩の元へと向かった。
「あっ♡ いいっ♡ ゼウス♡ ゼウスきゅん♡ ――――ぐへあっ!」
マッサージを始めるとアランが気持ち悪い声を出し始めたので、なんだかイライラしてきたゼウスは、肘の先で思いっきり背中をゴリゴリしてやった。
「ま、待て! やめろ! よせっ! この鬼畜野郎がっ! ぐああああっ!」
アランに八つ当たり気味にマッサージを施しながら―――― 『今度の慰霊期の長期休暇には首都に帰省し、必ずメリッサと結婚しよう』と、この時のゼウスはそう考えていた。