79 友の実力
ゼウス視点
「リオ副官から聞いたんだけどさ、支隊長がハルを副官に選んだのって、それなりの根拠があってのことらしい」
一番隊南西支隊に赴任した当日に、ハロルドがフランツ・クラッセン支隊長の副官に指名された。
それからしばらく経った頃に、ゼウスはアランからそんな話を聞かされた。
リオ副官とはカイザー・ロックウェル副支隊長の副官であるリオル・ブルーム専属副官のことだ。アランは着任早々に支隊の面々や優しそうな雰囲気のリオルと打ち解けて仲良くなっていて、色々な情報を仕入れていた。
「俺ら一番隊本隊から赴任してきた奴らの身上書って、前もって支隊長や副支隊長に伝えられていたらしい。ジョージ隊長からの情報で、ハルが実は馬鹿強いって知っていたからこそ、支隊長はハルを副官に指名したんじゃないかって。
あの支隊長すごく適当そうだから適当に選んだのかと思ってたけど、ちゃんと事情があったみたいだ」
そう、自分もアランも気付いていなかったが、ハロルドはとてつもなく強かった。
「あらあら、この程度でへばっちゃうの? 情けないわねぇ」
今日も今日とてゼウスは先輩のアランと共に、教育係のショーン・ジュエル副主幹の訓練を受けていた。まずは柔軟運動をしてから銃騎士隊名物地獄の特訓を行う。
腹筋、背筋、腕立て(または倒立腕立て)、懸垂を各三十回と走り込み十五回をやって一セットだ。やっていることは地味だが回数を重ねるときついので、上官の指示次第では終わらない地獄と化すために通称名が「地獄の特訓」となっている。
一番隊本隊にいた頃もやっていたが、せいぜいが一から三回程度だったし、任務が立て込んでいればやらない日もあった。しかしショーンは毎日「百回やってから戦闘訓練するわよ」と言うので、まさに地獄だった。
「申し訳ないけど一番隊本隊にいたのなら、もう少し身体を作って使えるようにしとかないと、とてもじゃないけど獣人となんて戦わせられないわ。死んじゃうもの」
ショーンは鍛錬場に置かれた日傘付きのテーブルに着いていて、脚を組みながら一人優雅に紅茶を啜っていた。
ちなみにショーンは既に自分で課している三十回分を終了させている。
ショーンは時々休憩を挟んでくれて、彼やアランと共に日傘付きテーブルで休憩をした。筋肉が良く育つという彼お手製ジュースと、小腹が空いた時用に筋肉にとても良いという小料理などを用意して食べさせてくれた。料理もショーンが作ったらしく、初対面では彼の特性に度肝を抜かれたが、女子力が高くて部下思いな人なのだろうと思った。
しかし、ショーンはアランに対してだけは少し当たりがきつかった。
原因に思い当たる節はある。訓練開始初日にショーンが地獄の特訓三十回分を小一時間ほどで終了させたのを見たアランは、ついうっかり「オカマゴリラ……」と発言してしまった。
「乙女に対してオカマゴリラとは何事よーっ!」
小声だったのにも関わらずそれを聞きつけたショーンは憤慨し、アランの地獄の特訓の回数を百回から百二十回にしてしまった。ゼウスは先人の尊い犠牲によって、ショーンにはそれらの言葉は禁句だと理解した。
「ゼウスきゅん、百回お疲れ様。冷たい筋肉ジュースあるわよ」
「……ありがとうございます。いただきます」
ゼウスはショーンから変な呼び方をされていたが、嫌とは言えなかった。
「ゼウスー! 副主幹ー!」
椅子に座って涼みながらショーンの特製ジュースを飲んでいると、向こうから笑顔のハロルドが走ってやってきた。
「あっ、ゼウス、特訓が終わったばかりなの? 汗が出てるよ?」
ハロルドはニコニコしながら新しいタオルを出してきて、ゼウスの額の汗を拭った。
「あ、ありがとう……」
ゼウスは少しだけ戸惑いながら友に汗を拭いてもらった。
ハロルドは支隊長の専属副官に指名され、忙しい日々を送っているはずだが、どこか嬉しそうにゼウスの汗を拭いているその顔には、疲れの色など全く出ていなかった。
訓練と副官の仕事の両立だけではなく、ハロルドはショーンと日々交代で人数分のお昼のお弁当まで作ってきていた。そんな余裕があることがすごい。ゼウスは日々の訓練だけでいっぱいいっぱいになってしまって、能力の違いを見せつけられてしまう。
ハロルドも朝一からの訓練に参加していたが、ショーンと同じく三十回の地獄の特訓を早々に終わらせていて、以降はフランツ支隊長の元で副官の仕事をしていた。
そしていつも昼時になるとゼウスたちの元へ戻ってきて昼食を共にし、午後から戦闘訓練をした後にまた支隊長の元へと戻って行く。
ハロルドがゼウスやアランと違って、地獄の特訓の回数が三桁ではなくてショーンと同じなのには理由がある。