【挿話】 獣害孤児ユリシーズ
ユリシーズの生い立ち話です
ユリシーズ視点
ユリシーズは幼い頃に獣害孤児になってしまい、生きるために都会の路地裏で残飯を漁るという浮浪者同然の生活をしていた。
助けてくれたのは平民出身でありながら伯爵位を持ち、銃騎士隊一番隊長でもあるジョージ・ラドセンドだった。
「うちに来なさい」
シラミの湧いた頭を躊躇うことなく撫でてくれた大きな手の平のことは今でも忘れない。
ジョージは使用人としてはあまり戦力にならないような小さな子供を引き取って、住み込みの使用人という体でラドセンド伯爵家に住まわせてくれて、温かいご飯と寝る所を用意してくれた。規定の年齢になった時には学校にも通えるように手配してくれた。
ユリシーズはジョージに引き取られた後に、同じ家で暮らす同じ年の伯爵家の娘に恋をした。彼女も気持ちは同じだったようだが、恩義ある貴族家の令嬢と身寄りのない平民の自分とでは釣り合わないと判断したユリシーズは、適切な距離を保ちながらあまり踏み込まないようにしていた。
ところが彼女が同じ家格である伯爵家の子息との婚約話に難色を示した事から、二人の関係性が露呈する。
彼女の父親でありジョージの息子である次期伯爵は激怒した。
「平民の元浮浪者がうちの娘の幸せを奪おうとするとは、何様のつもりだ!」
手切れ金を渡されて出ていくように促された。ユリシーズはそれに従うつもりだった。
彼女の父親がユリシーズに怒ったのはその時が初めてだった。伯爵家に引き取られた頃、痩せこけて生気のないユリシーズを見て、「大変だったね」と声をかけてくれたこともあったのに、本心では自分のことを浮浪者だと蔑んでいたのかと悲しかった。
「待ちなさい、ユーリ」
月のない夜に誰にも告げずいなくなろうとしたユリシーズは、裏門を出た所で馬車で待ち構えていたジョージと、なぜかドレスを脱ぎ捨てて動きやすい格好になり、家出同然のように大きな荷物を持ったお嬢様と出くわした。
ジョージは、出て行く必要はないと言った。
「すまなかったね。馬鹿息子は根っからの貴族になってしまったようだ。
自分自身が不良平民の血を半分引いていることなどすっかり忘れている」
「しかし俺は温厚な若旦那様を怒らせてしまいました。もうここにはいられません」
「君は何も悪くないのだから堂々としていればいいよ」
「ですが……」
「貴族的に言うのならば、この伯爵家の当主は私なのだから、息子は私の指示に従わなければならない。私が君はこの家にいていいと言っているのだから、いいんだよ」
「しかし……」
「ふーむ、困ったね。君が出て行くのならばこの子も出て行くと言って聞かなくて」
彼女はユリシーズと駆け落ちすると言った。けれどユリシーズは首を振った。
「何の力もない俺についてきても不幸になるだけです」
「力がないならつければいい」
ジョージは数ヶ月後に行われる銃騎士隊養成学校の試験を受けて自分と同じように銃騎士になることを勧めてきた。銃騎士は社会的に一目置かれる職業だし、貴族との結婚も可能になるだろうと言った。
ユリシーズは伯爵家の警備と称して時折戦闘訓練を受けていて、そこそこの腕前だった。
数年前から伯爵家の護衛にユリシーズの訓練をつけるように言ったのはジョージだ。
(この人はもしかしたらこうなることを見越していたのかもしれない)
「もし俺が銃騎士になったら、お嬢様は俺と結婚してくれますか?」
突然の求婚に、彼女はユリシーズの手を取り一も二もなく頷いて喜んでくれた。
恋人同士になった二人は遠くから彼女の名を叫ぶ父親の声を聞いた。父親は家出するという彼女の書き置きを見つけて慌てて走ってきた。
父親は愛娘の初めての反抗に泣いて謝った。
実は「父親にわかるように家出の準備をして裏門に来なさい」と言ってきたのはジョージの指示だったと、のちのち妻になったお嬢様から聞いた。
彼女の父親は腹の底から意地の悪い人物ではなかったので、「娘を連れて行かないでくれ! 俺が悪かった!」とユリシーズに謝ってくれた。
紆余曲折はあったが、思う人と一緒になれて現在の自分があるのはジョージのおかげだ。
銃騎士になって以降のユリシーズは一番隊に配属されると、元からの有能さを発揮して出世していき、次第にジョージからの特命を担うようになった。