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73 同期と上官 2

ゼウス視点

 ほどなくハロルドの父親と四姉が姿を現した。ここにいるシュトラウス家の全員がハロルド以外は黒髪に黒眼だ。

 母親は今買い物に出かけていて不在とのことで、長姉と次姉と三姉は既に結婚して家を出ている。


「急すぎる話ね」


 神妙な顔で言ったのは真っ直ぐな黒髪を肩の辺りで切り揃えたハロルドの四姉ヒルダだ。この姉は運動神経が抜群で、幼い頃からハロルドと共に父親のシュバルツに鍛えられ、少し前まではハンターをやっていた。ヒルダは最近婚約が整ったばかりで、婚約を期にハンターからは一度身を引いたらしい。一年ほどの婚約期間を経て来年結婚するとのことだ。


 ちなみに、ハロルドのこの四番目の姉から六番目の姉までの全員がゼウスに告白したことがあるが、皆玉砕している。


 双子に関しては一対一でのそれぞれの告白を断って数日後、二人一緒にやってきて再度交際を申し込まれた。曰く「私たち二人と同時に恋人にならない?」とのことだった。「二人ならお得よ、どう?」と言われたが、びっくりしすぎてアイシャとライシャの二人とはしばらく距離を置いていた時期がある。


「確かに急だが、ジョージ隊長にも何かお考えがあってのことだろう。支隊に行くのであれば首都とは違っていつ獣人と戦闘になるかわからない。二人ともくれぐれも気をつけてな」


 そう話すのは退役銃騎士であるハロルドの父シュバルツだ。シュバルツは第五子アイシャ以降の小柄な子供の父親とは思えないほど体格のがっちりとした大柄な男だが、昔獣人との戦闘で脚を噛みちぎられ、常に脚を引きずって歩いている。


 泣く泣く銃騎士を辞めたシュバルツの銃騎士隊愛は今も根強い。シュバルツは戦闘の可能性のある地へ向かう二人のためにと、獣人と戦う時の心構えや、銃騎士の存在意義とはなんぞやといった話を愛を込めて語り始めてしまった。

 他のことについては普段そこまでクドい親父ではないのだが、銃騎士隊が絡んだ時のシュバルツの話は長い。


 先輩の有り難い話を遮るわけにもいかないが、そうは言っても自分もハロルドも明日の出発に向けて荷造りをしなければならない。

 元ハンターのヒルダは始まってしまったシュバルツの話にうんうんと肯定するように頷きながら聞き入っているだけだし、アイシャとライシャは来店した客の対応へ向かってしまった。

 自分よりもシュバルツの話を止めやすいはずの肝心のハロルドは、父親の話をただ黙って聞いているのみで、止める気配が全くない。


 ハロルドもたぶん自分と同じことを考えているはずだが、彼は動かない。養成学校に入校して間もない頃は引っ込み思案で色んなことを飲み込んでしまいがちだったハロルドも、学校を卒業する頃には必要なことは言わなければならないという強さを身につけるようになっていた。

 けれど父親に対してだけはあまり自分の意見が言えないままらしい。


「こんにちは」


 こうなったら失礼を覚悟で自分がシュバルツの話を遮ろうかとゼウスが考えていると、背後から見知った声が聞こえてきた。


「ユリシーズ主査」


 ゼウスは振り返ってその人物の名を呼んだ。声をかけてきたのは同じ一番隊の上官であるユリシーズ・ラドセンドだ。


 彼はジョージ・ラドセンド隊長の孫婿であり、隊長からの信任も厚く有能な男だ。十代で主査にまでなっている。


 ゼウスにとってはかなり頼もしい上官の一人だ。何期か上の先輩であり、普通ならば名字呼びをするべき間柄ではあるが、任務を通して親しく話すようになり、いつだったかユリシーズの方から「名字呼びは堅苦しいので名前で呼んでほしい」と言われ、それまでは名字に階級をつけて呼んでいたものを名前に変えた。


 ユリシーズはゼウスがメリッサとの初デートの日、突発的に遠い地へ帰る貴族令嬢の付添い任務が発生した時に、自分が行くと申し出てくれた人だ。


「ハルを訪ねてきたつもりだったんだけど、ゼウスも一緒にいるなら用件がまとまって助かるよ」


 微笑むユリシーズは茶色の髪をした優しそうな雰囲気の青年だ。時々糸目の隙間から茶色の瞳が見える。


「シュトラウス主査、お話を遮ってしまって申し訳ありません。二人に伝言がありまして、少しよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん」


 シュバルツはユリシーズに昔の階級で呼ばれて機嫌が良さそうだ。


「明日の列車の出発時刻が変更になったから伝えに来た。貸切列車で行くことになったらしくて、出発は七時ではなくて五時だ」


「五時ですか?」


 ゼウスは驚いて聞き返した。


「……では、まさか馬車の迎えが来るのは、四時、でしょうか?」


 ハロルドも驚いた様子のまま質問する。


「うん、そうだよ」


 ユリシーズに動じた様子はない。あくまでもにこやかに。


 ゼウスとハロルドの二人は絶句していた。


 突然翌日の早朝からの任務が言い渡されることがないわけではないが、普段と違って隊服を着込み武器を持ってただ駆けつければいいわけではない。いつ戻れるかもわからない長期の任務に備え、持っていくものを吟味して自分の荷物をまとめておかなければならない。

 四時に迎えがくるのならば、身だしなみを整えるためにも三時くらいには起きている必要があるかもしれない。


 やはりシュバルツの有り難い話を聞いている場合ではなかったようだ。


(今日、寝れるかな……)


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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