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68 遠距離 1

ゼウス視点

「転勤、ですか?」


 ゼウスの隣りにいた銃騎士が声を上げる。ゼウスも下された命令を受けて、動揺していた。


 その日、ゼウスは午後から令嬢たちのお茶会の護衛に付いていた。以前はゼウスに熱っぽい視線を向けてくることもあった彼女たちだったが、メリッサと恋人になった影響なのか、最近はそのようなことも少なくなってきた。


 いつものように複数で護衛に当たっていた所、ゼウスだけに緊急の要件があるのですぐに本部まで戻れ、という伝令が入った。


 伝令を持ってきた隊員に要件が何か聞いてもそこまでは聞いていないとのことで、何だろうと思いつつも、残った隊員に後を任せてゼウスは本部に戻り、一番隊長執務室に向かった。


 途中で顔見知りである一番隊の何人かと合流した。皆同じ要件で呼び出されているという。


 盤上遊具や健康器具などが置かれて少しごちゃごちゃしているその部屋に入ると、ジョージ他副隊長たちが待ち構えていて、挨拶もそこそこにゼウスたちはいきなり地方の一番隊へ赴任するようにと言われた。


 一番隊は貴族の護衛が仕事であるので、首都から離れた地方にも勤務先がないわけではない。けれどだいたいがその地を守る隊が護衛任務も兼ねてしまうので、わざわざ一番隊と銘打った部隊が置かれることも少ない。首都近郊では獣人に襲われることも極端に少ないため、通年暮らしている貴族も桁違いに多く、護衛任務に特化した部隊が必要だった。


 ゼウスたちが移動を命じられたのは、一つの大陸で一つの国家を形成しているこの国の、南の海上に連なる列島群に置かれた一番隊の支隊だ。


 常夏に近いこの島々は観光名所でもあり、貴族たちの別荘も多くある。十四番隊の守備範囲ではあるものの、島の数も多く移動に時間がかかりすぎるために、護衛の要請を受けてもすぐに駆け付けるのは難しい。問題点を解決するために一番隊の支隊が置かれるようになった。支隊は島に訪れる貴族の護衛任務を主としつつも、地元民の護衛や獣人の探索や捕縛といった他の隊がするような通常任務も行う。


「南西列島が獣人の大規模な襲撃に遭ったことは君たちも知っているだろう。我が隊にも犠牲が出た。死亡一名に負傷者多数。今は十四番隊に加えて二番隊と三番隊が支援のために在留しているが、現地の二番隊に急遽別任務が出された為、ほどなく引き上げるそうだ。至急一番隊本隊からも再び人員を送らなければならなくなった。かなり急な話で申し訳ないのだが、君たちにその任を負ってもらいたい」


 ゼウスは南西列島に赴任すること自体は構わなかった。けれど、脳裏にメリッサのことが浮かぶ。


「南西列島はここからかなり遠い。列車と馬車を使って約三日、さらに船を使って支隊本部のある母島に着くまでに丸二日ほどはかかるだろう。そして出発は明日の朝だ」


「明日……?」


 出発日時を聞いて流石に集まった者たちから戸惑いの声が上がる。


「大変申し訳ない。しかし、そのくらい急がねばならないほどの事情があるのだと理解してほしい。


 だが君たちにもそれぞれ事情はあるはずだ。一度向こうへ行けば頻繁にこちらに帰省することは困難であろうし、首都では起こらないような戦闘に遭遇することもあるだろう。

 もし今回の赴任に何か不都合がある者は遠慮なく申し出てほしい。速やかに再度の人選を進めよう」


 名乗り出る者は誰もいなかった。否が言えるような雰囲気ではなかった。


 普通、このような場合ジョージは、一人一人個別で呼び出して意志確認を行う。全員にまとめて尋ねるようなやり方はしない。ジョージがこのようなやり方を取らざるをえないほど、時間がないということか――


「反意などあるはずがありません。殉職した隊員の意思に報いるためにも、我々一丸となって任務を全うする所存です」


 年嵩の隊員が代表して口上を述べ、胸に拳を当てて銃騎士隊式の敬礼をする。ゼウスも他の者たちに倣って敬礼した。


「ありがとう。支隊長からは骨のある奴を頼むと言われているが、私は君たちならば必ず期待以上成果を上げられるはずだと信じている。君たちの武運を祈る」


 集められた者たちの本日の任務は終了となり、翌朝迎えの馬車がそれぞれの住居へと向かうことになった。各自明日へ備えて荷物をまとめておくようにと話があり、解散になった――
















「いやー、それにしても驚いたな。明日の朝出発って」


 一番隊長執務室を出た面々はロッカー室へ向かってしばらく歩いてから、誰からともなく口を開く。


「まあな。今回のは俺もびっくりしたよ。あんな有無を言わせない感じで人事決めるとかジョージ隊長らしくないよな。俺、行きたくないって言っちゃおうかなと思ったけど、あの空気じゃ無理だよな。ほぼ強制だろ。まあ実際は今すぐ僻地へ行けとか言われてもあんまり困んないんだけどさ」


 確かに選ばれた面子は独身や離婚してしまった者ばかりで、身軽といえば身軽ではあるのだが――

 

「でもお前らは彼女いたろ?」


 話をしていた年嵩のうちの一人が後ろを振り返り、ゼウス他数名に水を向けてきた。


 するとゼウスの隣を歩いていた、同じ年だが一期上の先輩――――アラン・シトロンが口を開く。


「いえ、実は俺先週彼女と別れたばっかりなんです。思い出がありすぎる首都からは離れた方がせいせいしますし、南の島で可愛い女の子でも探そうと思います」


「俺も婚約者に浮気がばれちゃって、婚約破棄されて慰謝料払うことになったんですけど、それだけじゃ気が済まないらしくて、毎日毎日鬼のような顔をした元婚約者が罵りくるわ、女の子には遊びだったとか言われて逃げられるわ、いや、悪いのは俺だっていうのはわかっているんですけどね…… 俺はしばらく女いらないです…… 元婚約者とも離れられて南国の大自然に癒やされるなら万々歳です…… ジョージ隊長ありがとう……」


 ゼウスたちの後ろにいた入隊五年ほどになる隊員が急にどんよりと暗くなった表情と声音でそう訴える。


「そ、そうだったのか。それは知らなかったな。 ――――ってことは彼女持ちはエヴァンズだけか」


 先頭にいた隊員が話題を切り替えるように再びゼウスに話を振ってきた。


「そう…… みたいですね……」


「遠距離か。まあ、愛には試練が付き物だ。頑張れ頑張れ」


 先頭にいた隊員はどこか他人事のようにそう言うと、この話題は終わりだとばかりに前を向いてしまった。


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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