67 実らなかった恋 4
ジュリアスは魔法を使って必死にジュリナリーゼの行方を追った。ジョージはその事件の時にようやくジュリアスも魔法が使えることを知った。
本当はこのことはできるだけ隠しておきたかったそうだが、ジュリアスからはそんなことを気にしている場合ではないというような張り詰めた印象を受けた。
ジュリアスの働きにより、港で船に乗り出向直前のジュリナリーゼたちを発見して無事保護することができた。
ジュリナリーゼの駆け落ちの理由は、宗主になりたくなかったことも一つではあるが、一番の理由は今の恋人と別れさせられることを恐れたということだった。
ジョージはジュリナリーゼの相手を見て驚きはしたものの、きちんと手順を踏めば彼と結婚できるはずだと諭したら理解してもらえた。ジュリナリーゼは騒がせたことを謝り、自分の居場所に戻った。
ジュリナリーゼの婚約者になったのは、その時に一緒に駆け落ちしようとしていた相手だ。いくつか問題はあったものの、彼女は一つ一つ解決を図っていき幸せになる道を進もうとしている。
それにしても事件の際に、ジュリアスが実は魔法が使えたことよりも何よりも、一番驚いたのは、ジュリアスが駆け落ちを唆したと思われる相手を見つけた瞬間に、即ぶん殴っていたことだった。
ジョージは、優等生の塊のようだったジュリアスがそんな風に激高する様を初めて見てかなり驚いた。
「ジュリアス君! 相手の事情も聞かずにいきなり暴力を振るうとは君らしくもない! とにかく落ち着いて話し合いなさい!」
ジョージは二発目を打ち込もうとしていたジュリアスを仲間と共に必死で止めた。無抵抗の相手を殴るのは良くないし、何よりその相手は彼の――――
「――――隊長? ジョージ隊長?」
過去を回想しすぎて意識をやや彼方へ飛ばしていたジョージは、あの時の怒りに満ちた表情とは違い、こちらを心配そうに見つめている眼前のジュリアスに名を呼ばれて現実に引き戻された。
「ああ、少しぼーっとしていたようだ。すまないねジュリアス君」
部屋の中にはジョージとジュリアスの他に、副官と副隊長とその副官がいる。気心の知れた仲間たちは皆同じ年代で、銃騎士隊の黎明期から支え合ってきた大事な仲間たちだ。
彼らは一番隊長執務室を我が物顔で占拠していて、ジュリアスに茶を出しながら自身も茶を飲んでまったりしていたり、チェスに興じていたりと思い思いで寛いでいる。この部屋は一番隊の首脳陣たちの憩いの場となっていた。
しかし如何せん全員がいい年のため、口を開けばあっちが痛いこっちが痛いと話題はそんなことばかりであるし、もうそろそろ退役を考えるのには充分すぎる年齢に差し掛かっていた。
けれど後任がなかなか見つからない。良さそうな人材がいても、貴族たちとの折衝事案の難儀さを知って敬遠されてしまう。後継者探しはジョージたちの頭の痛い問題だった。
本当はジュリアスを平から役付きに昇進させる話が出た時に、ジョージは総隊長にジュリアスを次期一番隊長として自分に預からせてくれないかと申し出ていた。
ジュリアスならば、魑魅魍魎どもの蠢く貴族社会でも充分すぎるくらいに渡り合っていけるだろうと思ったからだった。
ところがジュリアスは人気者のために、他にも「うちの隊にくれ」と言い出す隊長たちが多数出た。
けれど二番隊長アークが他を牽制しまくり、かなり強硬な態度で自身の隊長代行にすると譲らず、最終的には今の地位に落ち着いた。
ジョージはアークから絶対に息子を自分の手元に置いておくという揺るぎない意志を強く感じたので引き下がったが、中には引き下がらない男もいた。
三番隊長マクドナルド・オーキットだ。
マクドナルドはジョージと同様に、銃騎士隊での活躍が認められて伯爵位に叙されている。
三番隊は首都近郊が主な守備範囲となっているが、全国に散らばる各部隊の補佐と相談役も担っている。他部隊の応援に駆け付けることも頻繁で、他の部隊よりかなり忙しい。
「三番隊は一番忙しい部隊なんだよ! 隊長代行だと? なんだその聞いたこともない役職名は! ふざけるな! 二番隊にそんなものが認められるんだったら三番隊にだって代行職があったっていいだろ!
だいたいこいつには隊長代行なんて特別職を付けるよりも、まずは自分の副官を選ぶのが先だろうが!」
マクドナルドの指摘の通り、二番隊長アークは副官を指名せず、言い方は悪いが単身で縦横無尽に好き勝手に動いていた。そのために二番隊副隊長にかなりのしわ寄せが行っていた。
ジュリアスの役職決定後にマクドナルドはかなり吠えていたが、アークは涼しい顔で受け流すのみであり、総隊長が決定を覆すこともなかった。
アークとマクドナルドは同期であるが犬猿の仲、というか、マクドナルドが一方的に突っかかるがアークがあまり相手にしないのでよりマクドナルドが燃え上がり、けれど酒を飲めば「あの根暗を理解してやれる唯一の親友は俺だけなんだ」とこぼしていて、時々アークもマクドナルドの晩酌に付き合ったりなどしていて、仲がいいんだか悪いんだかな関係だった。
マクドナルドはジュリアスにもぞっこんで、常日頃から「こんな息子が欲しかった」と言っていた。ジュリアスを見かけるたびに大型犬がご主人様に飛びつくようにして近付き、まるでずっと尻尾を振っているが如くニコニコと上機嫌で、ジュリアスを視界に入れているだけで嬉しそうだった。
マクドナルドはジュリアスを本当に義息にしようと、以前自分の幼い娘とジュリアスを婚約させようとアークに持ちかけていたが、「断る」と言われてキレていた。
「隊長、今の話なのですが……」
再び水を向けられてジョージははっとする。
「ああ、すまんね、全く話を聞いていなかったよ。いよいよ耄碌してしまったかな、はっはっは」
ジュリアスの美しさにやられているのは自分も同じなのでとりあえず笑って誤魔化した。
「隊長だけに伝えておきたい極秘の話がありまして、人払いをお願いできますか?」
ジュリアスの真剣味を帯びた様子に、ジョージは何事だろうと思いつつも同志たちに視線を送った。彼らは除け者にされることに異を唱えることもなく、信頼するジョージの意に素直に頷き部屋から退出する。
しばし部屋に沈黙が落ちた。副隊長たちが部屋から確実に離れたことを確認してから、ジュリアスがゆっくりと話し出す――
「このことは今はジョージ隊長の胸だけに留めておいてください。いずれ彼女のことについてはきちんと対処しなければいけないことではあるのですが、事情があり今だけは目を瞑っていてほしいのです。実は――――――」
ジョージはジュリアスが告げる真実に驚き、目を見開いた。