66 実らなかった恋 3
ジュリアスが二番隊に移り、二人がすれ違ったまま一年と少しが経過した頃、ジュリアスが突然婚約した。
相手はジュリナリーゼではなかった。
ジュリアスの婚約者はフィオナ・キャンベルという伯爵家の末娘だった。相手の実家があるキャンベル伯爵領は獣人王シドが住まう災厄の地とも呼べる獣人の里から最も近い貴族領だった。
伯爵領は獣人の里に近いことから獣人たちによる「狩り」の襲撃に遭うことも多かった。伯爵家は領民を守るために私兵を編成して度々獣人と衝突していた。
しかし、シドが獣人族の族長になってからは、その戦いも激しくなる一方だった。最初にフィオナの祖父が、次いで父が、叔父が、母が、長兄が―― 私兵を率いて戦いに赴く度に討ち死にした。
キャンベル伯爵家の直系は、次兄のフィリップと、フィオナを残すのみとなってしまった。
次兄フィリップも、十四の成人と共に爵位を継いだ途端にシドの襲撃に遭い、瀕死の重症を負った。フィリップの傷はとても深く、領主の仕事はとてもできないと判断した彼は爵位をそれまで持っていた祖母に返上した。
しかしその後奇跡的に回復したフィリップは、領地に祖母と妹を残し、単身上京して銃騎士となる道を選んだ。
養成学校入校試験の時に、手伝いとして来ていたジュリアスと出会ったフィリップはその後意気投合して、彼らは親友になったらしい。フィリップが故郷の妹を呼び寄せてジュリアスに紹介した所、お互いに運命を感じてしまった二人は、交際を始めて即婚約を交わしたとのことだった。
銃騎士養成学校を特例により一年で修めたフィリップは、以降ずっと二番隊に所属し、ジュリアスが隊長代行になってからは彼の副官に指名されるようになった。
「ジュリアス婚約」の知らせは首都に激震を走らせた。
ジュリアスに本気だった令嬢たちが涙に暮れる者と怒りに震える者に二分する中、ジュリナリーゼも涙に枯れる者の一人だった。
彼女はかなり意気消沈して食事も喉を通らなくなったために痩せてしまい、部屋に籠もりきりなって塞ぎ込むようになった。
ジュリナリーゼは次期宗主として後継者を産まねばならず、成人以降早期に結婚をとの声も多かったが、彼女はジュリアス一筋でジュリアス以外には浮いた話一つなく、婚約者もずっと立てないままだった。
ジュリナリーゼの様子を憂いたのは母である宗主ミカエラと、それから銃騎士隊総隊長のグレゴリー・クレセントもそうだった。
総隊長はジョージと同年代のがっしりとした体格の男だが、顔の上半分を隠すような仮面をいつも着けていた。顔の醜い火傷の痕を隠すためだという話だったが、素顔を見たことがあるのは銃騎士隊の中でもジョージを始めとした数人に限られた。
いつも冷静沈着で公平な判断を心がけているグレゴリーにしては珍しく、私情でジュリアスを本部まで呼びつけるというようなことまでしていた。
塞ぎ込むジュリナリーゼのことを聞いたジュリアスは、事の次第を説明するためなのか、久しぶりに彼女の元を訪れた。
しかし、それが良くなかった。
ジュリナリーゼの希望で二人きりで話をしたのちにジュリアスが去った後、彼女は号泣していた。
泣いて泣いて、ずっと泣き続けて、寝ている時以外はずっと悲しみに暮れていた。
それは、ジュリナリーゼに密かに新しい相手が現れるまで続いたようだった。
現在はジュリナリーゼも婚約者を得て幸せそうではある。ジュリアスも、ジュリナリーゼも、互いに別の相手を選ぶことになり、道を違えた。
しかしお互い順風満帆とはいかないようで、ジュリアスはフィオナが成人して以降も具体的な婚姻の日程等を決めることもなく、実は不仲なのではとか破局間近などと噂を立てられることも頻回だった。そんな二人は婚約状態を維持したまま未だに結婚には辿り着いていない。
ジュリナリーゼに至っては、秘密で交際していたその相手と駆け落ち騒動まで起こしている。
宗主にはなりたくないので、次期宗主を辞退して自由に生きていくので探さないでください。と書き置きを残し、その相手と別の国へ逃げようとしていた。
次期宗主の失踪などあってはならないことだ。一番隊長であるジョージも近衛隊と共にジュリナリーゼの捜索に当たった。
魔法使いの力があった方が早く見つかるだろうと二番隊長アークに助力の要請を出せば、やって来たのは血相を変えたジュリアスだった。