65 実らなかった恋 2
宗主ミカエラは娘を二人産んでいたが、病弱だった上の娘は成人を目前にして夭折してしまっている。姉の死と共にジュリナリーゼは将来宗主を継がねばならなくなった。
結局最後までジュリアスとジュリナリーゼがお互いを恋仲であると認めることはなかったが、ジョージは二人の仲の良さを知っていた。
同じ年の二人が親密になるきっかけは、成人を前に次期宗主となることを悩むジュリナリーゼの心に、護衛任務を通してジュリアスが寄り添ったことだった。
二人は名前が似ていることもあり、ジュリアスは公には敬称を使っていたが、周りに使用人しかいないような時や明らかに私的な場では、「ジュリナリーゼ」の名から一文字取って彼女を『リィ』と呼んでいた。
ジュリナリーゼも、身分的には一平民にすぎないジュリアスからその少し変わった愛称で呼ばれることを許していて、むしろ喜んで受け入れているようだった。
ジュリアスは少年期から既に、令嬢たちが騒ぎすぎて自滅するようなとんでもない色男だった。ジュリナリーゼがジュリアスに惚れているのは誰の目から見ても明らかだったと思う。ジュリアスも彼女のことを憎からず思っているように見えた。
ジュリナリーゼは、世界三大美女の一人と例えられることもあった母ミカエラの面影を残していて、かなりの美少女だった。
二人が共にいる姿はまるで絵物語の幻想的な風景のようで、それを見た貴婦人たちは「ジュリアス様を落とす会」から「ジュリアス様とジュリナリーゼ様の恋を見守る会」へ鞍替えした者もいたという。
そして、ジョージも二人の恋を応援している一人でもあった。
次期宗主ジュリナリーゼの護衛任務には必ずジュリアスを当てるようにしていた。二人は貴人とその護衛という距離を保ちながらも、その実仲は睦まじく、これから先もずっと二人で一緒に同じ時を過ごして行くように見えた。
その流れが変わったのは、ジュリアスがたった一年で二番隊へ移ってしまった頃からか。
異動命令を出したのは総隊長だが、聞く所によるとジュリアスの父親であるアークが、ジュリアスを一番隊から異動させるようにと、総隊長に進言したかららしい。
ジュリアスに非はなかったとはいえ、ジュリアスが一番隊にいることで人生を大きく狂わされてしまった女性たちが数多くいることは事実であり、これからもジュリナリーゼ様のそばにジュリアスが居続けることは不適当であるとアークは主張した。
総隊長は宗主御一家にかなり傾倒している人物で、当然ジュリナリーゼの思いを知り、ジョージのようにその恋を応援しているうちの一人だった。
加えてジュリアスは、能力良し! 性格良し! 見目も良し! と三拍子揃ったこの上ない好物件であり、「いわんや将来の宗主の伴侶としてこれ以上的確な人物がいようか! いや、いまい!」という思いではあったらしい。
だから最初は、一番隊から異動させた方がいいというアークの意見を採用するつもりはなかったと言っていた。
けれど、ジュリナリーゼとの交際の噂が流れてからも、数は減ったが未だにジュリアスを本気で狙い続けている令嬢たちも一定数存在していた。
「もしジュリアスが彼女たちの奸計に落ちてしまったら、ジュリナリーゼ様が悲しむだろう」といったアークからの説得をかなり受けて、それも一理あるかと総隊長は早々にジュリアスを貴婦人たちから引き剥がすことにした。
一度ジュリアスを手元で再教育し直したいとアークが強めに主張し、彼の二番隊配属が決まった。
緩やかに、ジュリアスとジュリナリーゼの関係が変わって行く。
隊を異動し、護衛の任から外れたために当然二人が会う回数は激減した。手紙などの個人的なやりとりも自然と消滅してしまったと聞く。
事情を知ったジョージや総隊長や、時には宗主までもが二人を会わせようと個人的な茶会や食事会を企画したり、隊を超えた特殊任務を捻り出したりしていた。
けれど肝心のジュリアス自身が、二番隊という特殊部隊での活動に重きを置くようになったらしく、多忙を理由に断りを入れるようになった。
総隊長が考えた特殊任務という名の呼び出しも、ジュリアスが来るようにと指名したはずなのになぜか毎回別人がやって来る。
ジョージの勘ではジュリアスはジュリナリーゼを真実愛していたはずだった。しかしこの心変わりの予兆を、まだジュリアスが一番隊にいた頃にジョージは感じたことがあった。
現在は法律が変わり、貴族と平民でも結婚が可能になったが、その頃はまだ身分差の婚姻はご法度だった。そのためにジュリアスがジュリナリーゼと結婚するためには、その前にどこかの貴族の家に養子に入る必要があった。
それを踏まえて、ジョージは「うちの伯爵家の養子にならないか?」と誘ってみたことがあった。
ジュリアスの答えは否だった。
もしかするともう既に他の、もっと高位の家からお誘いがあったのだろうかと思い聞いてみたが、ジュリアスは少し悲しそうな雰囲気をまといながら首を振っていた。
「いいえ、どこの家の養子にもなるつもりはありません。
私は、『ブラッドレイ』の名を捨てるつもりはありませんので」
「しかしそれでは結婚できないのではないか?」とジョージは相手の名を伏せた状態で尋ねてみたが、ジュリアスは「そうですね、よく考えます」と曖昧に微笑むのみだった。
その時は、ジュリナリーゼと出会ってまだ一年も経っていないのに、将来宗主の隣に立つ覚悟があるのか決断を迫るようなことを言うのも酷だろうと、あまり突っ込んだ発言をすることは控えたが、この時もう少し深い部分まで聞いていたら、この先の展開は少しくらいは変わっていたのだろうかと、ジョージはそんな風に思うこともあった。