63 約束
R15です
久しぶりに二人きりで過ごす中、ゼウスが告げてきた。
「メリッサ、したい――――」
「あ……」
ナディアは一気に現実に引き戻された。ゼウスと一緒にいる時間は心地良すぎるけれど、忘れてはいけない。自分は獣人で、彼は人間なのだと。
(ゼウスを守り切れる力が、私にはない――――)
「――――ごめんね、また、今度ね……」
ゼウスの瞳が揺れた。
『どうして?』と言外に聞いてくる。
ナディアは彼が感じた悲しみを正面から受け止めた。ゼウスの身体に手を回して、精一杯抱きしめる。
「ゼウス、私はあなたを愛している。最後までしたくないってわがままを言ってあなたに困らせてしまっているけど、あなたが嫌いなわけじゃないの。あなたへの愛だけは本物。それだけは、信じてほしい」
「うん…… 信じるよ」
ゼウスもぎゅっとナディアを抱きしめてから、少し身体を離して顔を覗き込んでくる。
「メリッサ、俺さ、最近はもうずっと考えてたんだけど、やっぱり結婚したい」
「え、でも……」
戸惑いがちに返そうとしたナディアの言葉を遮って、ゼウスが微笑みながら話し出す。
「メリッサはさ、自由にしてていいよ。もし俺と最後までしたくないんだったらそれでもいいよ。俺も経験はあんまりないけど、色んな方法があるんだなっていうのはわかったし。
一つになりたいっていうのは確かにあるけど、でも、メリッサが悲しむことはしたくないんだ。
俺は子供もいらない。メリッサがいてくれればそれでいい。姉さんもいるし、甥っ子か姪っ子を可愛がれればそれで満足。
ちゃんとしたいんだ。メリッサと俺の間にきちんとした絆があることを、明確な形で残しておきたい」
番になるような行為をしない関係――――つまりは、白い結婚に近いものか。
(それだったら…… 白い結婚だったら…… ノエルに協力してもらって時々「魔法の塩」を貰えれば、ゼウスが命の危険を背負うことなく一緒になれる。
ゼウスと一緒に生きていける――――)
目の前に一筋の光が差し込んだ気がした。
「私は…… 本当は結婚、したい……」
ポツリとこぼしたナディアの言葉に、ゼウスの表情がぱあっと明るくなる。
「本当!? 俺と結婚してくれる?」
「白い結婚で良ければ、だけど…… いいの?」
おそるおそる返事をすれば、嬉しそうなままのゼウスが頷く。
「うん! ありがとうメリッサ! 愛してるよ――――」
二人は互いに吸い寄せられるように口付けた。
「約束してほしいんだ。メリッサがさ、もし、どこか遠い所へ行ってしまったとしても、最後は必ず俺の所に戻って来て」
ナディアは頷いた。
優しく髪を梳いてくれるゼウスを見つめながら、ナディアは一つの決意をした。
(一生、純潔を保とう)
そうすれば、もし自分が獣人だと世間にばれた時でも、処女であることを示せば、ゼウスが『悪魔の花婿』ではないという証明になる。彼の身は守られる。
(もしも正体が暴かれた時は、私だけが死ねばいい)
「今度指輪を買いに行こう。一緒に暮らす準備も進めて…… あ、あと姉さんやノエルにも報告しないと。きっと喜んでくれるよ。結婚の準備って、考えただけですることが色々ありそうだね」
「そうね」
嬉しそうに話すゼウスを見ながら、ナディアも幸福な気持ちになってくる。
「時間はあるから、結婚のことはゆっくり考えていこう。今はもう少しメリッサとこうしていたい」
ゼウスの温もりを感じながら、ナディアは幸せを噛み締めていた。