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55 重い男

 お風呂から出た後、ゼウスは朝早いと言っていたからそのまま帰るのだろうと思ったが「泊まろうよ、せっかくだから」という彼の一言により、ナディアは恋人と二人で初めての外泊をすることになった。


 ただしゼウスはやはり明日は朝早いので、明け方にはいなくなるとの話だった。「メリッサは寝ていていいよ」と言われたが、こちらも明日仕事だったので、一緒に起きてホテルから出ることになった。


 ゼウスと一緒に寝台に横になって、腕枕をしてもらう。


(何だこれは、至福すぎる時間か!)


 ついさっきまで別れるかもしれないと半ば覚悟を決めていたのに、今は大好きな人に近距離で見つめられて腕枕をしてもらってとても幸せだ。さっきの気持ちと今が雲泥の差すぎて怖い。


 この幸せはきっと、自分の正体がばれるなりして綻びが生じれば、いとも簡単に壊れてしまうものなのだと思う。


「……さっきの話なんだけど」


 結婚の話も母探しの話をも宙ぶらりんのままの方がナディアにとっては都合が良かったが、やはり有耶無耶な状態のままにはならないようだ。


「な、なあに?」


 母探しの話なのか、それともやはり結婚の話から別れ話に繋がってしまうのか、ナディアはドキドキしながら言葉の続きを待った。


「お母さんを探すのは現状ではちょっと厳しいのかなって思ってしまうんだけど…… 結婚はさ…… ほら、世の中には色んな考え方があるわけで、結婚っていう一つの形に囚われなくても、一緒にいる方法はあると思うんだよ。例えば、その、事実婚とか」


「事実婚?」


 知らない単語が出てきたので、横になったまま首を傾げる。


「法律的に夫婦になる届けは出していないけど、実際は夫婦関係を持っている男女のことだよ。届けを出していないだけで、生活は普通の夫婦と変わらない」


「へー、そんなのがあるのね。知らなかったわ」


 ゼウスはナディアが知らないことがあっても、驚くことなくいつも優しく教えてくれる。


「まあ法律上は夫婦じゃないし、まだ多くの人に理解されてるわけでもないから、色んな不利益は出てくるだろうけど、どうしても結婚がしたくないんだったら、そういう手段も取れるんじゃないかな? あまり気負わず、恋人関係をずっと続けながら、一緒に暮らす、みたいな? そんな感覚で行くのとか、どう?」


 ゼウスはこちらの顔を伺うような、少し不安そうな顔で告げてくる。


「……ゼウスは、そういう関係で本当にいいの? 正式に結婚してなくても、納得できる?」


 結婚ができないとわかりきっているナディアにとってはかなり良い話にも思えるが、ゼウスの態度が気になったので突っ込んで聞いてみる。


 案の定、ゼウスからすぐには答えが返ってこなかった。


「……本当は俺は、ちゃんと結婚したいけど、でも、無理強いはできないし…… メリッサを失うくらいなら、そういう方法でも受け入れるよ」


 ゼウスは迷いながらという感じではあったが、はっきりとそう言ってくれた。


「俺、さっきも言ったけどすごく重い男だから…… 普通は結婚できないって言われたら、じゃあ別れるかみたいな話になってもおかしくないと思うんだけど…… でも俺、メリッサが俺のことが嫌いになったわけじゃないんだったら、別れる必要ないと思うし、絶対別れないから。死別以外ではメリッサとの別れは受け入れられない」


「ゼウスが私のことを嫌いになって別れるとかは?」


「そんなことあるわけない。俺は君のことが一生好きなままだよ。何があってもずっと好きでいるよ。世界中が君の敵になっても、俺はずっと愛し続けるよ」


「……もしも私が、大犯罪者でも?」


「………………メリッサ、もしかしてお父さんに何か犯罪まがいのことをさせられていたの?」


 ナディアは首を振った。父親(シド)の話は蒸し返したくなかった。


「そういうわけじゃないんだけど……」


「もし何かあるんだったら俺には隠さずに言って。何か抱えてることがあるんだったら、ちゃんと話してほしい」


 ゼウスの真っ直ぐな青色の瞳に見つめられる。


(吸い込まれそうなほどに綺麗で…… 大好きで……)


「私…… あなたに嘘をついているの」


(この人は私が獣人だと言っても受け入れてくれるだろうか?

 何があっても、私を愛してくれるだろうか……?)


「私、本当は……」


 沈黙があたりを包む。ゼウスはナディアを信じて、言葉を発するのを待ってくれているようだった。


「ごめんなさい。何でもない……」


 ナディアは申し訳なさそうにしながら目を伏せた。


(本当のこと、言えなかった……)


 落ち込んでいると、ゼウスが心配そうな顔で抱きしめてくれた。


「俺の大好きなメリッサ、本当に何かある時は、ちゃんと言うんだよ」


「う、うん」


 ゼウスが口付けをしてくる。唇を全部食べられてしまうような、そんな執拗な接吻だった。


 深く口付けられて、思考がちょっと溶けてくる。


「ねえ、ゼウス…… 私まだ、ゼウスのそばにいていいのかな?」


「うん、ずっと俺のそばにいなよ。結婚できなくても、俺はずっと君を愛するから」


「でも、子供は? 私、とても産めないわ……」


「そうだな…… 子供は、できればほしいけど、でも今すぐ何もかもを決めなくてもいいんじゃないかな? そのうち、何かいい方法が見つかるよ」


「そうかな……」


「例えばだけど、どうしても産みたくないんだったら、身寄りのない子供を引き取って育てるのでもいいと思うよ」


 ナディアはハッとした。


(それだったら私が子供を産んだことで獣人だとばれる危険性は無い! 二人で子供を育てて家族になれる!)


「そ、それでお願いします……!」


「いや、まだ決めるのは早いって。一生の問題だから、後悔のないようにじっくりと考えていこうよ」


 そう言われても、一生騙し通すことになるのかもしれないが、獣人と正体を明かさなくても一緒になれる選択肢は残しておきたい。


「ありがとう、愛しているわゼウス。おやすみなさい」


 ナディアは悩んでいたことに少し解決の糸口が見えた気がして、安堵した心持ちでゼウスに寄り添う。


「おやすみ。俺も愛しているよ」


 ゼウスもナディアを腕に抱きながら、眠りに誘われ――――




 二人は、落ちていった。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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