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53 別れの予感

「ありがとう。メリッサ、ありがとう。君の心はとても綺麗だね。俺とは全然違うよ」


 言いながら、泣き笑いとでも言うのか、ゼウスが綺麗な顔にとても優しい微笑みを浮かべている。


「俺では、とてもそんな風には思えないかな。俺はメリッサには前に付き合ってた人がいたのかなって、すごく気になって仕方がないんだ。その、何というか、慣れてるみたいだったから」


 ナディアは驚いて首を振った。


「そんな人は今まで一人もいないし、慣れてなんかいないわ」


「恋人は今まで誰もいなかったの? 本当に? こんなに可愛いのに?」


 ナディアは頬に手を添えながら照れていた。おだてられて空でも飛べそうな気分だ。


「そっか、じゃあ全部…… キスをしたのも俺が初めてなんだ」


 ナディアの目が一瞬泳いだのをゼウスは見逃さない。


「……誰? 彼氏がいたことないのに誰とキスしたの?」


 ゼウスの顔が険しくなり、雰囲気が急に冷たくなったので驚く。


(何だかいきなり空気がおかしくなった……)


 説明しろという圧を感じたので、おそるおそる口を開く。


「女の子だと思っていたら男の子で、知らない間にされていたの……」


 ふう、とゼウスが息を吐き出した。


「なんだそっか。小さい頃にされたものならまあ仕方ないか」


 いつもの優しい表情に戻ったゼウスを見て、ナディアも詰めていた息を吐き出した。


 現在、お互い裸ではあるのだが、違う意味でドキドキしてしまった。


(ゼウスって結構嫉妬深いのかも……)


 あまり見たことのないちょっと怖いゼウスを目撃してしまった。


(オリオンのことは絶対に言わないようにしよう……)


 恋人の新たな一面を発見して戸惑っていると、ゼウスが身を寄せてきたのでまたドキッとする。下は見ないようにしているが、普段は隠れている二の腕の筋肉だとか胸板だとかがよく見えてしまい、ナディアは邪な考えと戦った。


「いつか君の考えが変わるかもしれないって、期待してもいい?」


 結婚の話は未だ継続中のようだった。


「私は…… 結婚は…………」


 一瞬言葉に詰まる。


「ごめんなさい、結婚はできない。これから先も考えが変わることはないと思う」


 ゼウスが、明らかに落胆した。


「ゼウスが何か悪いとかじゃなくて、これは完全に私の問題なの」


 できるだけゼウスを傷付けないようにと、再び言葉を探す。


「結婚に憧れがないのもあるけど、私は子供だって欲しくないし産みたくないの。だって、自分の母親みたいになりたくないもの。子供を愛せる自信がないから」


 これは完全なる嘘だ。番は欲しいし子供だって産みたい。


 確かにナディアは産みの母親に捨てられはしたものの、その後優しい義両親に育てられて家庭の温かさを知っている。自分の産みの母親のように子供を捨てるような真似はたぶんしないと思った。


 幼い頃はなぜ実の母親は自分を捨てて行ってしまったのだろうかと悲しく思うこともあったが、成長するにつれて実母の置かれていた状況も理解できるようになった。


 実母は「狩り」で攫われてきて無理矢理父の慰み者になり、望まない妊娠をした。相手も産んだ子も自分が大嫌いな獣人である。置いて逃げてもある意味仕方がなかったのではないかと、実母の行動を受け入れて許してしまった部分もある。


 実母を許せた時、ナディアにとって自分を産んだ女のことはあまり気にならなくなった。


 それでも里ではたまに捨てられた子供だとかいらない子だと揶揄(からか)われることもあったが、ナディアは自分を(けな)そうとしてくる相手を片っ端からぶん殴っていた。


 母親がいなくなった件は当時赤子だったナディアにはどうすることもできなかったのだから、何か言いたいことがあるのならばナディアではなくて、無理矢理孕ませた父親(シド)に言うべきだろうと思った。


 もっとも、そんな命知らずなことをする者は誰もいなかったが。


 それに家に帰ればナディアの存在を全肯定してくれて、あくまでも義妹としてではあったが溺愛してくれる義兄が待っていたから、自己肯定感が損なわれることもなかった。 


 オリオンの呪いにより里に帰れなくなって一番痛かったのは、もうセドリックに会えないだろうということだった。


(あの義兄は元気にしているだろうか――)


「ゼウスと付き合っておきながら、普通は交際のその先に当然見据えるはずの結婚をしたくないだなんて、ゼウスに対してとても不誠実だったと思う。そういうことはもっと前に話しておくべきだった。


 ゼウスに告白されたのがすごく嬉しくて、これまで男の人に女扱いされたことがほとんどなかったから、すごく舞い上がっちゃって…… 後先考えずにあなたの告白を受け入れたけど、でも本当は、あなたと付き合うことの意味を、もっと良く考えてから返事をするべきだった。


 でも、あなたと一緒にいられて私はとても幸せだったの。できれば、結婚とは違う形でもいいからずっとそばにいられないかなって、最近は思うようになっていて……


 ただ、子供だけはやっぱり生みたくないから、何かの形で一緒になれたとしても、子供のいない人生を送るっていうのは、ゼウスはとしてはどうなのかな?


 私と一緒になるということは、子供を得られない人生をあなたに選ばせてしまうわけで、子供がほしいのにその道を選ぶのは苦痛だと思うし、だとしたら…………」


 別れた方がいい、という言葉を続けたくなくて、そこで口調が尻すぼみになる。


 本当はゼウスとは別れたくない。けれど奴隷の道を選ぶとしたら、子供は作れないわけで、ゼウスがナディアと一緒になることの不利益が了承できないならば、別れた方がいい。


 まだ考える時間はあると思っていた。けれど、関係性がここまで進んでしまったのならば、もう、潮時なのだ。


「子供は…… 欲しいかな……」


 しばしの沈黙のあと、ポツリとゼウスがそう言った。


 ナディアはその答えを聞いて下を向いた。


(そうだよね…… 普通、そうだよね……)


 ナディアは何も言えなかった。あとは、ゼウスからの別れの言葉を待つだけだ。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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