51 交わらない 2
R15注意
「……メリッサ、抱いてもいい?」
言葉を受けたナディアは固まっていた。
もちろんゼウスのことは好きだ。彼と一つになりたいのはナディアも同じ。ゼウスと番になれたら、きっと天にも登るような気持ちになるのだろう。
(けれど…… やっぱり……)
ナディアの理性が二の足を踏む。
ゼウスがナディアと関係したら、彼は『悪魔の花婿』になってしまって、銃騎士から一転、罪人扱いだ。
「……」
良いとも悪いとも言えずにゼウスと見つめ合ったまま黙っていると、ゼウスは了承と取ってしまったのか、ナディアに口付けを落とた。
ゼウスが服に触っても、ナディアは止めなかった。ナディアの胸がゼウスの目の前に晒される。
「これは、何? 痣?」
ゼウスがナディアの左胸の心臓に近い部分にあるハート型の黒い痣を見つけて、不思議そうに問いかけてくる。
呪いの痣のことを思い出した瞬間、オリオンのことが脳裏をよぎる――
「う、生まれつきなの」
ナディアはオリオンの存在を頭から追い出すようにしながら、咄嗟に嘘をついた。
「そうなんだ…… こんなに綺麗なハートの形をした痣なんて珍しいね。それも二つも」
「そ、そそそ、そうね」
ナディアはかなり動揺していた。
ゼウスは――――
オリオンへの罪悪感のようなものは薄れた。
ゼウスは優しい。いけない事をしているのはわかっているしやめなければいけないのもそうなのだが、やめたくない。
「ゼ、ゼウス……」
(駄目だ。ゼウスと交わるのは、せめて奴隷になってからでないと……)
獣人奴隷になったとしても、建前上、主人と獣人の性交は禁止されている。けれど実際の所は、子供さえ作らなければある程度の姦通は見逃されていると、調べた本の何冊かに同じことが書いてあった。
奴隷になる決断は未だ出せていないが、とにかく、ここで抱かれるのはまずい。
「ゼウス、待って……」
ナディアはここに来て初めて明確な制止の声をかけた。
「メリッサ、駄目? 俺は君のことが大好きなんだ。君と一つになりたい」
「わ、私もゼウスのことが大好きよ。だけど、いきなりすぎてちょっとびっくりしちゃって、まだ心の準備ができてないの。今日いきなりっていうのはちょっと……」
ゼウスの美しい顔に陰りが見えた。
「……そっか、ごめん」
ゼウスが離れていく。
「こんなことするつもりじゃなかったんだ。本当にごめん」
ゼウスは俯いてしまってナディアの顔を見ない。
その様子を見たナディアは激しく動揺した。
(ゼウスを傷付けてしまった……!)
「これ以上ここにいたら俺何するかわからないし、今日はもう帰るね」
「待って!」
寝台から降りて帰り支度を始めようとしたゼウスの背中にナディアは飛びついた。
「ごめんなさい! ゼウスとするのが嫌とかそういうわけじゃなくて、むしろ望む所ですらあるんだけど、そうなってからあなたとの関係性が変わるのが怖くて! すごく怖くて!」
もしも番になって以降に、獣人であることを理由にゼウスに拒絶されたら――
「最後さえしなければ大丈夫だから、だから、だから……」
ゼウスに嫌われたくなかった。その一心だった。