表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/244

49 先輩チェック

ゼウス視点→ナディア視点→レイン視点

 約束の時間ちょうどにメリッサと指定の店に着くと、その人は既に来ていた。


 レインは喫茶店の奥の席に座って待っていた。彼も勤務時間外のため隊服は着ていない。


 レインは首都にいないことも多く最近はあまり会っていなかったが、その数少ない会う時であっても、お互いに隊服姿であることがほとんどだったので、私服姿を見るのは珍しい。


 レインはただそこにいるだけで絵になる男だった。『レイン先輩は何を着ても似合うな』とゼウスは思った。


 メリッサの手を引いてレインに近付くと、先輩はこちらを向いて微笑んでくれた。


 本当は二人だけのデートのはずで、レインも含めてお茶をする予定ではなかった。本日は午後から観劇をして、そのまま帰宅するはずだったのだが、彼女と少しだけ話がしたいというレインの要望をゼウスが受け入れる形で、今回の顔合わせが実現した。


 ゼウスは数日前、レインに彼女を紹介しろと持ちかけられた時のことを思い出す――――






 ダン! と、気付けば銃騎士隊本部にある一番隊員用のロッカーで、ゼウスはなせだか背中ごしにレインから壁ドンされていた。


 本日は議会に出席する貴族の護衛だったが、法案を巡り紛糾し、勤務時間がかなり伸びてしまった。担当貴族を自宅まで送り届けた後、ゼウスは自分が本部への任務完了の報告をすると申し出て、同じ貴族を警護していた隊の先輩には直帰してもらった。


 帰り支度のためにロッカーに寄った所、五人ほどでまとまって使っているロッカー室には他に誰もいなかったが、いつの間にか背後にレインがいた。


 ゼウスはレインの接近に全く気付かなかった。仕事終わりで気が抜けていたこともあるが――


(気配殺しすぎだろ! 戦闘中か!)


 不覚にも背後を取られてしまった。ゼウスは顔が引き攣りそうになるのを何とか平常心で保たせて、後ろを振り返った。


(うわ)


 思ったよりも近くにレインの整いすぎた顔があって心臓が跳ねる。レインの漆黒の瞳は真っ直ぐゼウスを見ていたが、特段これと言って何の感情も浮かんでいないようにも見えるし、それでいてどこか憂いを含んでいるようにも見える。


(この人何考えてるかわかんないな本当……)


「先輩、近いです。ちょっとむさ苦しいので離れてください」


「恋人ができたって本当か?」


 レインはゼウスの言葉には反応せず、自分の言いたいことだけを言った。


「……できました、けど…………」


 ゼウスの返答は尻すぼみになる。レインの顔を直視できずに視線を彼の胸のあたりに彷徨わせてしまい、自分の反応が自分で嫌になる。


(何だこれ。別に恋人に浮気を責められているわけじゃあるまいし)


 レインと自分は、ただの先輩と後輩である。


 レインはゼウスに恋人が出来たことに対して何か一言物言いに来ただけらしい。


「どんな女だ?」


「可愛い子ですよ」


「そうか。今度紹介しろ」


「え、やですよ」


「女付き合いの経験が浅いお前が、騙されているかそうでないか見極めてやろうってだけだ」


「必要ないですよ。彼女はそんな子じゃないんで。それに、別に俺がどこの誰と付き合おうと先輩には関係ないじゃないですか」


 ゼウスはなぜだが二人を会わせたくないと思ってしまって、咄嗟に強く拒否しようとしたら、ついそんな言い方になってしまった。


 レインも流石にちょっとムッとしたような表情を浮かべている。自分でも言い方を間違ったと思ったが、今更訂正はできない。


「わかった、ならいい。こちらで調べる」


 レインが背を向けて歩き出すが――――


「――――せ、先輩!」


 ゼウスはレインを呼び止めていた。


 二番隊に属するレインにとって情報収集はお手の物だ。放っておいてもレインはメリッサのことを知るだろうし、人となりもわかってもらえる。おそらく実際に対面するよりも多くのことを知るだろうし、会わせなくても事足りる。


 けれどこのままではレインに嫌われてしまうと思ったゼウスは、気付けば声をかけていた。






******






 ナディアはゼウスの親しい先輩だという人に会い、挨拶をしてから着席し、お茶を注文する傍ら雑談に応じる。


 自己紹介もそこそこに、ゼウスと二人で観劇をしてきた後だったので、話は自然と劇の感想やその原作本の話になった。レインはかなりの読書家のようで、原作本以外の、乙女が読むような他の恋愛小説の話まで持ち出してきた。


 レインは里の図書棟に置いてあったような、流行りの過ぎた古い恋愛小説にもよく精通しているようで、ゼウスを置いてけぼりにしながら、その本を読んだことのあるナディアと二人で少し盛り上がった。


 ナディアは自身のことをゼウスには、「地方から出てきた学校にも通っていない田舎者」と説明していた。ゼウスとデート中に会話をしていても、たまにわからない話題が出てきてまごつくことがあった。最初の頃は変に思われて正体がばれたらどうしようと思っていたが、「物をあまり知らなくてごめんね」と言うナディアをゼウスは疑うこともなく、わからないことは優しく教えてくれた。


 ゼウスとは一事が万事その調子だったが、他の人が相手になっても同じとは限らない。ゼウスから銃騎士隊の先輩と会ってほしいと言われて、もし物知らずな事から勘ぐられて正体が見破られたらどうしようと心配していた部分もあった。

 これまでは良くしゃべるエリミナやアーヴァインだとか、基本無口なリンドとばかり接していたので、何とか誤魔化しながらやっていた。


 しかしレインとの会話は、ナディアでもわかる話題しか出なかったので、むしろ楽しく過ごせた。


 小一時間ほど三人でお茶をした頃、レインが「じゃあ俺はそろそろ行くよ」と言った。


「ゼウス、この先何か困ったことがあったら、必ず俺に相談しろよ」


「あ、はい……」


 ゼウスは少し疑問に思っている様子を見せながらも、レインの言葉を受け入れていた。


「メリッサさん、ゼウスのことをくれぐれもよろしくお願いします。もし傷付けるようなことがあれば、俺は絶対に許しませんからね」


「ちょっと、先輩!」


 ゼウスがレインの言葉を(いさ)めている。レインはあくまでもにこやかに言っていたが、その内容は脅しにも取れた。


 ナディアは何も言うことか出来なくて、ただ黙って頷くのみだった。


 ゼウスに正体を明かすにしろ、別れるにしろ、結局はどの道を選んでも、彼を傷付けることになるのではないかと思った。


「ごめんね、少し余計なことを言い過ぎた。ゼウスは大事な後輩だから、大切にしてほしいって伝えたかっただけなんだ」


「はい……」


 レインの言葉を受けて、ナディアはようやくそれだけを絞り出す。


「大丈夫です。俺はメリッサに大切にされていますし、俺もメリッサのことが大切で、大好きで、愛しています。先輩が心配するようなことなんて何もありません」


 ナディアが膝の上で握りしめている両手に、ゼウスがそっと手を添えた。


「何があっても、俺は彼女を愛し続けます」


「ゼウス……」


 恋人たちは、見つめ合う。


 そしてそれを見てため息を吐く男が一人。


「全く、独り身の俺には辛いね。じゃあこの後もデートを楽しんで。邪魔者はさっさと消えるよ」


 レインは会計伝票を持つと店の入口付近へと消えて行った。






******






 店を出たレインは自宅に戻るために馬車を捕まえて乗り込んだ。少し前に購入したその自宅は、地下室付きの、彼の理想とする家だった。


 平静なままだったレインの表情は、馬車に乗り込み、店から距離が離れるにつれて次第に難しそうなものに変わっていく。


「どうすんだ…… あれ……」


 女嫌いのはずのゼウスが面と向かって女性に「愛している」と言うなんて、それまでだったら絶対にしない行動だ。


 レインは任務でしばらく首都にいなかった。帰還後、情報をよく確かめもせず噂を聞いたその足でゼウスに恋人と会わせろと詰め寄った。


 約束を取り付けた後、冷静になりゼウスの彼女のことを調べたら、相手はまさかの――


 レインは難しい表情のままで口元に手を当て、窓の外を眺めながら独り言ちる。


「あいつが戻ってきたら、天候が荒れるな……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ