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4 禁断魔法

 幸いにしてあれだけしつこかった男も追いかけては来なかったので、ナディアは貞操を死守することに成功はしたものの、周囲の光景を見てただ唖然としていた。


(ここ、里じゃない)


 舗装された道路に、整然と並んで建つ建物。馬車が何台も行き交い、歩道を歩く人々はみな人間で、獣人なんて一人もいない。


 たぶんどこかの街だ。父の自室で意識を失った後、あの男のそばで素っ裸で目覚めるまでの間に里から連れ出されていたのだろう。


(誰に?)


 ナディアの脳裏には、自分の指を噛みながら怪しい目付きでこちらを見るミランダがいた。彼女は魔法使いだった。こんなことができるのはきっとミランダか、先程の得体の知れない男か。


 ナディアの胸に、騙された、という思いが宿る。


 ミランダはおっちょこちょいで寂しがり屋で頼りなさそうな雰囲気を常に醸し出していた少女で、ナディアはそんな彼女を放っておけずにいつも面倒を見ていた。ミランダもそんな自分を慕ってくれていて、いつしか獣人と人間の垣根を超えた友情を感じるようになっていた。ミランダを妹のように思っていた。それなのに、おそらく彼女は敵だったのだろう――――


 ナディアは暗い気持ちになりながら自分が今いる居場所もわからずにとぼとぼと道を歩いていた。途中で飲食店の大きな看板が目に入り、首都の名前が書かれていたことからここが首都だとわかる。


 ミランダは自分を首都まで連れてきて一体どうしたかったのだろう。道行く人に獣人だとわかればきっと自分は捕まって殺されてしまう。


 ナディアはミランダが自分を殺そうとしてここまで連れてきたとは思いたくない。彼女は瀕死のリュージュを魔法を使って助けていたようだし、根は悪い子じゃない。


(まさかとは思うけど、ミランダは私をさっきの男と番わせようとしたのかな……)


 あの男に襲われかかっていたことを思い出してぶるりと身体を震わせていると、鼻腔がミランダの匂いを嗅いだのでナディアははっと立ち止まった。振り返ると、暗い顔をしたミランダがすぐそばまで来ていた。


「ミランダ、一体どういうつもりなの?」


「ごめんね、ナディアちゃん……」


「私のことを裏切ってたの? 私を首都まで連れてきてどうするつもりよ?」


「ごめん、本当にごめん…… でも俺が絶対に何とかするから、もう少しだけ待ってて。必ず俺たちの結婚をあのクソ親父に認めさせてみせるよ」


「ん?」


 ナディアは首を傾げた。話が全く噛み合っていない。しかも声はミランダのものなのに、やはり自分のことは「俺」と言うし砕けた口調もいつものミランダらしくない。

 ナディアは目の前の少女が得体の知れない存在に変わってしまったかのように感じた。


「結婚は認めないなんて発言、必ず撤回させてみせる! 俺は絶対に諦めない! 俺たちの真っ直ぐな愛があんな唯我独尊横暴親父の一存で握り潰されていいわけがない! 俺には君だけなんだよナディア! 愛しているんだ! 必ず君と添い遂げたい! ナディアちゃーん!」


 バッと腕を広げてミランダが抱きついてこようとするのでナディアは咄嗟に逃げた。直前のミランダの独白から身の危険を感じてしまい、その感覚が先程の男に対して感じてしまったものと被る。


「逃げないで! 俺の天使様女神様ナディア様! 君の豊かな胸で俺の全ての愛を受け止めてくれ!」


「ひいっ」


 ナディアは全速力で走って逃げた。すれ違う人がこちらに驚いた目を向けてくるが知ったことか。ミランダがおかしくなってしまった。


 獣人のナディアが全力で走っているというのに人間のミランダが同等の速度で走って追いついてくる。信じられない。魔法か何か使っているのだろうか。


 大きな建物の角を曲がり小道に入る。次第に細くなっていく道を闇雲に走ると、やがて袋小路に入ってしまった。周囲には誰もいない。


 振り返れば、ミランダが妖しく光る冷たい瞳でこちらを見ていた。


「ごめんね、こうするしかないんだ。これは俺たちへの試練だと思ってほしい」


 ミランダが追い詰められたナディアの胸の前に手をかざす。


「一つ、獣人の里に足を踏み入れてはならない。禁を破った瞬間心臓が止まり即死する」


 ミランダがそう言った途端、左胸の心臓がある付近の皮膚に焼け付くような痛みが走った。


 ナディアは驚いて襟から自分の胸を覗き込むと、痛みを感じた箇所にハート型の黒い痣ができていた。


「何……したのよ?」


 ナディアは胸を抑えながらミランダを睨む。ミランダは無言だったが、その姿が一瞬にして少女のものから麗しい美貌を持った白金髪のあの男のものへと変わる。


 ナディアは驚きに目を見開いた。


(ミランダの正体はあの男だった……)


「二つ、俺こと『シリウス・ブラッドレイ』の秘密を誰にも話してはならない。その秘密とは――――」


 シリウスと名乗った男は「秘密」の内容をナディアに再確認させるように言葉を紡ぐ。それはシリウスとその家族、即ち『ブラッドレイ家』の面々についての秘密も話してはならないという内容だった。


 シリウスの言葉が終わったと同時に胸に二度目の痛みが走った。


「三つ、」


(まだあるの?!)


「『シリウス・ブラッドレイ』以外の男と触れ合っ――――」


「いい加減にしなさいよ!」


 シリウスが条件を言い終わる度に胸に痛みが走る。「即死」なんて言葉が飛び出すしこの男がナディアにおかしな魔法をかけているのは間違いない。これ以上やりたい放題させてたまるかと、魔法の発動を邪魔するべくナディアはシリウスに殴りかかった。


 先程殴って窓の外に吹っ飛ばした時はその腹立たしいほどに美しい顔に綺麗に決まったというのに、今度はあっさり避けられる。続けざまに放つ拳も全て避けられて、終いには両手を強く掴まれて上半身の動きが封じられてしまった。


 至近距離に息を飲むほどに整いすぎて美しすぎる顔があった。ナディアはシリウスを睨んで歯噛みしたが、とにかくシリウスが三つ目の条件を言い終わる前に言葉は止まった。


「あのね! 日常生活で特に意識しなくても男の人に触れることってよくあるでしょ! あんた私のこと殺したいわけ? そんなので死ぬなんて理不尽極まりないでしょ! 例えば道ですれ違った相手と手と手がたまたまぶつかったとか、小さい男の子がふざけて体当たりしてきたとか、そんな理由でうっかり死んでたまるもんですか!」


 シリウスは黙ってこちらを見ている。


「…………以上、二点を破りし時我が魔術が発動せん」


「っつ……!」


 シリウスの言葉が終わったと同時に一度目や二度目よりも強く長い痛みがナディアを襲った。痛みが突き抜けてゆっくりと引いていく間ナディアは目を強く閉じて肩で息をしていた。


(死ぬ魔法が…… なんだかよくわからないけど、里に帰ったり秘密を誰かに話したりすると死んでしまう魔法がかけられてしまったみたい……)


「ナディア、大丈夫?」


 シリウスに手を掴まれたまま俯いて地面を見ていると、頭の上から声が降ってくる。大丈夫なわけがあるか! と顔を上げ抗議しようとして開いた唇が、いきなり塞がれた。


 ナディアは頭が真っ白になってしまい、ただされるがまま口を吸われていた。


 唇が離れてもナディアは時が止まったかのように固まっていた。シリウスはそんなナディアを眺めて嬉しそうに綺麗な笑みを見せた後、掴んでいた手首を離してナディアの身体に腕を回しぴったりと抱きついた。


「好き♡」


(いやいやいやいや、意味わかんない! 死ぬ呪いをかけときながら「好き♡」とか意味わかんない!)


 突っ込みたかったが、口付けの衝撃から立ち直れないナディアはただ口をパクパクと開閉させているだけだった。


(私のファーストキスが…… たった一人の最愛の人にだけ捧げようと思っていたのに……)


 目に涙が滲んでくる。


「ごめんねナディアちゃん、泣かないで…… 死ぬ時は俺も一緒だから」


 もはやこの男が何を言ってるのかよくわからない。


「この『呪い』が発動した時は術者にも跳ね返りが来るから、君が禁を犯して死ぬ時は俺も一緒に逝くよ」


(それ、全然安心材料になりませんけど?)


 シリウスがシャツのボタンを外して色気漂う己の胸元をはだけると、左胸の辺りにナディアが自分の胸で確認したのと同じハート型の黒い痣が二つあった。


「これがその証。ナディアちゃんにも俺と同じ印が二つ入っているはずだよ。お揃いだね。この二つのハートは仲良く並んでいて俺たちみたいだね」


 シリウスは何が楽しいのかそう言いながら嬉しそうに笑っているが、ナディアは到底笑えない。


(死ぬかもしれないのに笑ってるとか、こいつ、頭おかしいんじゃないの!?)


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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