47 姉の失態
アテナ視点→ゼウス視点
アテナの視界はぐるぐる回っていた。周囲の様子も断片的にはわかるが、時々真っ暗になって何も見えなくなってしまう。身体の感覚も鈍くてやや麻痺したようではあったが、それでいて誰かに身体を揺すられているのはわかった。
『――――……』
誰かに呼ばれているような気がして、アテナは重い瞼を何とか開けた。アテナが今最も愛している人が呼んでいるような気がしたから――――
目を開けるとアテナはソファに横になっていて、すぐ側に少し困った表情をしたノエルの美しい顔があった。
美人は三日で飽きるというらしいが、ノエルを見ていても全然飽きなどやって来ない。飽きるわけがない。ずっと見ていたい。むしろ今はノエルがそばにいてくれないと落ち着かない。
『飲み過ぎ、ここで寝たら風邪を引く――――寝室に――――――』
出会った頃とは違い、声変わりをして前より低くなったノエルの美声が断片的に聞こえた後、身体が浮遊する。ノエルがアテナを抱き上げてくれて寝室まで運んでくれているようだ。アテナはふわふわと幸せな気持ちになった。
ノエルは居候だがこの家はノエルのためのものでもある。我が家のように寛いで使ってくれて構わないし、実際に彼自身も気兼ねなく過ごしているのだが、たった一部屋だけ、ノエルがあまり入りたがらない部屋がある。
それこそがアテナの寝室だった。
用事がある時、例えば朝なかなか起きられない時にノエルがアテナを起こすような場合は、最初からゼウスに頼むか、もしくは魔法を使うか廊下から声をかけてくるのみで、中にはほとんど入ったことがない。
しかしアテナは今、どうやらノエルに寝室まで運ばれているらしい。
(これは、寝台に引き込む絶好の機会ではないのか!)
酔ったアテナは気が大きくなっていた。
(今こそが、あの大技を使うべき時だ!)
幸いにとでもいうのか、今は本当に酔っ払っているので酔ったフリをする必要はない。アテナも胸にはそこそこ自信があった。おっぱいが見えるか見えないか想像を掻き立てさせるギリギリの所を攻めて、あとは甘えてみよう。
まだ廊下を移動している最中で寝室には辿り着いていなかったが、アテナは「何だか暑くなっちゃった」と言いながら上着に手をかけた。今日はボタン式の服で良かったと思った。近頃は前合わせの下着を多く着用していたのも幸運だった。
(神様ありがとう)
『な、何やって――――』
服をはだけさせて下着の合わせも外してしまい、胸に引っかかっただけの状態にしてみると、流石のノエルもかなり驚いていた。
「ノエル、ノエル……」
そのままノエルの首にしがみつく。
『――――――――…………』
ノエルが何か言っているが耳が鳴っていてよく聞こえない。
『この酔っ払い』
スリスリと、ノエルの頬に自分のものを合わせていると、ノエルがため息まじりにそんなことを言っていた。
「ノエルがいつもより優しくないー、優しくしてよー、酔っ払った女の子には優しくしなきゃメッ!」
『はいはい』
おざなりな感じにそう言われてしまって、アテナは切なくなった。
「やっぱり、ノエルには効かないのかな? 私の色仕掛攻撃…… ノエルは私のおっぱいじゃ駄目なの? ノエルはどのおっぱいならいいの!」
アテナは泣き出したが、ノエルは吹き出した。
『どうしようもないな本当…… 大丈夫だよ、ノエルは―――のことが好きだから』
肝心な所が聞こえなかったが、そこは「アテナ」のことが、ということなのだろうと理解した。そう思ったら安心してしまい、アテナはノエルの腕の中で微睡み始めた――
******
「姉さん間違えてる! 俺はノエルじゃないから!」
酔ってリビングで寝てしまいそうになっていた姉を寝室まで運んでいると、なぜだか姉が途中で上着のボタンを外し、そして下着まで脱ごうとしていたので驚いた。
姉はゼウスのことをノエルと勘違いしているらしく、上ずった声で「ノエル、ノエル」と何度も繰り返していた。
姉は完全に酔っ払っているようだった。
要するにノエルを誘惑したかったらしいけれど、肝心の相手を間違えているようでは前途は多難そうだった。
寝室に辿り着く前に寝てしまった姉を寝台に横たえた。下着の合わせを直し、服も整えてやってから毛布類をかけていく。
姉は普段着のままだし、いつもは夜専用の下着をつけていたはずだが、勝手に着替えさせたと知ったら後で怒るだろうし、とりあえずそのまま寝かせることにした。
「おやすみ、姉さん」
ゼウスは手のかかる大切な姉に微笑みを浮かべ、アテナの頭をそっと撫でた。
「………………ゼウ、ス?」
そのまま部屋を出て行こうとしたが、気配に気付いたのか姉が目を覚ましてしまった。
「ああ、姉さんごめん。起こしちゃった?」
返事がない。姉は横たわったまま顔だけをこちらに向けて、ぼーっとしているようだった。
「そのまま寝ちゃいなよ。明かり消すね」
「お、お風呂!」
部屋を暗くするために扉付近の電源に触れようとした瞬間、姉が脈絡なく大きな声を出したので、ゼウスは驚いた。
「ゼウス! こんな所にいては駄目よ! すぐにお風呂に入ってきて! あなたとノエル用の男風呂はお湯が出なくて壊れたって設定だから、お客様用の浴室を使ってきて!」
(設定って何だ?)
戸惑うゼウスをよそに、むくりと上半身を起こしたアテナが捲し立てる。
「ああ! 早くしないとメリッサちゃんがお風呂から出てきちゃうじゃない! せっかく酔っ払わせてうちに泊まるように仕向けて、ぐでんぐでんの可愛い状態にしたのに! 急いでゼウス! このままじゃゼウスの大好きな巨乳が拝めなくなるわよ! 早くしないとせっかく考えた『ゼウスとメリッサちゃんお風呂でバッタリ! ラブラブ初体験への道大作戦!』が水の泡になってしまうわ!」
聞いてもいないことを、犯人が、ペラペラと自白していく。
最初驚きに見開かれていたゼウスの瞳は、アテナの言葉を聞いているうちに、次第に冷ややかなものへと変わっていく。
「……ふーん…………」
ゼウスの佇んでいる周囲だけ、温度が数度下がったかのように見えた。
「……姉さん、それは一体どういうことなのか、ちゃんと説明してもらえる?」