40 酔っ払う女
ナディア視点→ゼウス視点
誰かが扉を叩く音で、ナディアは泥のような深い眠りから緩く覚醒する。
「メリッサ、起きてる? メリッサ?」
ゼウスの声がする。彼が呼んでいる。起きなければと思うのだが、身体にあまり力が入らない。
目をようやく開けると、いつも寝起きしているオリオン宅の自分の部屋ではなくて、質の良い家具が並ぶ広々とした部屋にいた。
なぜ自分はここに居るのかと考えて、そういえば昨日ゼウスとデートして、そのあと何やかんやあってホテルに泊まることになったのだと思い出した。
ナディアは寝台から何とか上半身を起こしたが、未だふわふわとした感覚の中にいた。普段から朝は得意なはずなのだが、なかなか起きられない原因には心当たりがあった。
それは、昨夜の夕食だ。
サラダは少しだけ食べて残そうと思っていた。しかしサラダだけ残してステーキは完食するのもおかしいから、お腹がいっぱいだと言ってステーキもある程度で残すつもりだった。
ところがあまりにもステーキが美味しすぎて、ナディアは出されたステーキを全部食べてしまった。
野菜嫌い=獣人?と思われてしまうのが嫌だったナディアは、サラダとそれから添え物の人参やブロッコリーまで根性で完食した。
あの量の野菜類を食べたのは人生初かもしれない。つまり、ナディアは野菜を食べすぎてしまった。
獣人が植物性のものを摂取しすぎると様々な影響が起こる。酷いと死に至る者から嘔吐下痢腹痛を訴える者、身体中に蕁麻疹が出る者、あとは酷い眠気に襲われたりなど比較的軽い症状で収まる者もいるが、どんなことが起こるのかは個人の体質により違ってくる。
ナディアの場合は、人間が酒を飲み過ぎた時のように酔っ払った症状が出てくる。
ナディアは寝台から降りてゼウスの元にまで向かおうとしたが、身体は揺れていて完全に千鳥足だった。
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ホテルに泊まった翌朝、起き出したゼウスは身支度を整えて、メリッサが泊まった部屋の前にいた。
メリッサは本日は仕事が休みだと言っていたが、自分は普通に仕事がある。隊服は本部に置いたままなので、ホテルから直行すれば出勤時間には間に合う。
朝食付きの宿泊だったから、一緒に朝ご飯を食べてから仕事に行こうと思ったのだが、何度扉をノックしたり呼びかけても彼女からの反応がない。
まだ寝ているのなら朝食は一人で摂った方が良いのだろうかと思いながらも、でも仕事のために先にホテルを出ると一言くらい挨拶をしておきたいなと考えていると、カチャリと扉の鍵が開く音がした。
扉が開き、メリッサの姿を見たゼウスは狼狽えた。
彼女は寝衣代わりに備え付けのガウンを羽織っていたが、合わせが完全に開いていて帯はゆるゆるで、臍や下着まで見えているというあられもない格好だった。
しかも、下着は身に着けてない。ガウンが引っかかっていて胸の全体像まではわからないが、触れたらきっと柔らかそうな双丘の半分くらいが見えている。
「メ、メリッサ! こんな格好で人前に出たら駄目じゃないか……! 何考えてるんだ!!」
ゼウスは怒ったように声を荒げながら慌ててガウンの合わせを引っ張り、帯を締めてメリッサの裸身が見えないように整えた。
「うー、ごめんらしゃい……」
メリッサのまるで幼児にでもなったかのような舌足らずの声を聞いて、ゼウスはさらに狼狽えた。耳まで真っ赤になる。
彼女はさっきからその場に立っているのに、ゆらゆらと左右に揺れている。寝起きが悪いというよりも、酔っ払っていて二日酔いというか、まだ酒が抜けきっていないようだった。
「な、何で下着、着けてないんだ」
「借り物らからぁ、サイズがあわなくてー、脱いじゃったぁ」
メリッサは何が面白いのか、えへへと笑っている。
前から思っていたが、彼女の胸はかなりたわわだ。
彼女の身体は未だ揺れているが、ゼウスの頭の中もグワングワン揺れていた。
女性の色仕掛け攻撃には慣れているつもりだった。夜這いをするような者たちは卑猥な下着姿で襲って来たり、中には全裸になって股関を広げて見せてくるような猛者もいた。ゼウスは彼女たちを品性下劣としか思えず、滾るどころかむしろ萎えた。
しかし、好きだと意識している女の子の半裸姿は破壊力が凄まじい。しかも彼女の後ろには立派な寝台が控えている。
この状況ならば、人によっては好機と捉えて頂いてしまう者もいるだろう。
しかし、まだ告白の返事は貰ってないし仕事もあるし、まして酔っ払っていて前後不覚状態である女の子を襲うなんて、ゼウスには到底できなかった。
「ちょ、ちょっと待ってて、何か酔い覚ましになるようなもの貰ってくるから!」
ゼウスは夢見心地状態のメリッサを残して、ホテルの受付まで走った。