39 葛藤
ナディア視点→ノエル視点
ワインが美味しすぎたので、ゼウスは一杯でやめるとのことだったが、ナディアはもう一杯おかわりをしてしまった。
ゼウスは話し相手になってほしいと言っていたが、彼自身は口数が少なくなり、またあの物言いたげな視線をしている。ナディアはそわそわとしてしまって、とりあえず場を繋がねばと自分から先程の劇の感想などの話題を振っていた。
ゼウスを見ていると、なぜだか胸が高鳴ってしまい、全身の血が熱く駆け巡っているのを感じる。
(いえ、これはきっとお酒のせいよ)
銃騎士を好きになるわけにはいかないのだから、そういうことにしておきたい。
「お待たせ致しました」
ウェイターが頼んでいた料理を見たナディアはぎょっとする。
ステーキはいい。音を立てながらまだ熱い鉄板の上で焼かれていて、とても食欲をそそる美味しそうな匂いがあたりに漂っている。
問題なのは、別皿で盛られた新鮮そうなサラダがウェイターの手によりステーキ料理の横に置かれたことだ。
(パンは別注文なくせになぜサラダは込みなのか!)
ゼウスはパンも頼んでいたから彼の前にはステーキ以外にもパンとスープと、やはりサラダが置かれている。
ステーキを頼むとサラダがおまけで付いてきて、パンを頼むとスープがおまけで付くようだ。『ちょっとサービスが付け過ぎじゃない?』とナディアは思った。
(人間には嬉しいのかもしれないけど、獣人には酷だわ!)
ステーキ料理には添え物として人参とブロッコリーが乗っているのだから、サラダはいらないんじゃないかとナディアはウェイターに強く抗議したくなった。
「メリッサ? 食べないの?」
ゼウスに声をかけられてハッとする。目の前の憎き野菜たちを睨んでいた所で不思議に思われるだけだ。ナディアは野菜が全く受け付けないわけではないのだから、少しだけ食べてあとは残してしまおう。
「あ、なんかすごく美味しそうだなと思って! い、いただきます!」
ナディアは誤魔化すような笑みを浮かべてナイフとフォークを手に取った。
オリオンとの食事でナイフとフォークの使い方は習得済だ。ナディアは常々変態だと軽蔑していた男に、彼女としては珍しく感謝の気持ちを持った。
(これで里にいた時のように手掴みで食べ出していたら、一瞬で獣人ってばれてたわよね……)
ナイフでステーキに切り込みを入れて、フォークで口元まで運ぶ。
(ああ、いい肉を使っている…… 味付けも最高…… とても美味しい……)
肉を口に入れた瞬間、野菜に向けていた負の感情は霧散し、口の中がとろけるのに比例してナディアの表情もとろけていく。
ナディアはとても幸せそうな顔をしていた。
『メリッサ…… 俺は君のことがとても好きみたいだ』
ゼウスはステーキを美味しそうに食べるナディアを見つめて頬を染めながらそう言ったのだが、その発言はノエルの魔法により完全消音状態にされてしまい、ナディアには全然届いていなかった。
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ゼウスの恋路を邪魔しているノエルは葛藤の中にいた。
家族同然に思っている友が過去から一歩踏み出して、やっと心から好きになれる女性を見つけたというのに、自分はその恋が実らないように妨害している。
初恋の女性への気持ちを忘れられず、長らく女性を遠ざけ続けていたゼウスに訪れたようやくの春だった。なのに、その恋心が伝わらないように工作している自分は、きっととてつもなく酷いことをしている。
自分がやっているのはゼウスの心を蔑ろにしている行為だ。本当にそれでいいのか。
そう思いながらも、ナディアを愛している兄のことを考えると、兄が不憫でたまらなかった。
彼女が他の男に取られたなんてことを知ったら、きっと、兄は発狂してしまうのではないかと思った。
魔法で誤魔化すのにも限度はある。四六時中彼らに張り付いているわけにもいかないのだから、ゼウスの愛がナディアに伝わるのも時間の問題だ。
そうなったらもう、なるようにしかならないのではないかと、ノエルは思った。