34 意識
「この二人は恋人などではありません。私がこれまでに何度も何度もお気持ちをお伝えしてもゼウス様は受け入れてくださらなかったのに、こんなポッと出の冴えない女が恋人なはずがありません」
強い口調でたしなめたランスロットに、シャルロットが思わずといった様子で抗議する。その声を聞きながら、ナディアは、冴えない女で悪かったなと思った。
「恋人ですよ」
シャルロットから距離を取ったゼウスがナディアに近付いてきて肩を抱く。
「メリッサこそが俺の最愛の人です。俺は彼女以外考えられないんです」
ゼウスの発言を聞きながら、恋人のフリでも「最愛の人」なんて言われてしまうと、ナディアの心がざわついて平常心を失いかける。
ちらりと見上げたゼウスの顔が男前に見えてきて、異母姉に似たその顔をちょっと苦手に思っていたはずなのに、どきっとしてしまって内心で慌てる。
「いつからお付き合いをなさっていたの? そんなの聞いていませんわ」
「ついさっきです」
「嘘ですわそんなの……」
「アンバー公爵令嬢。これまでの数々の非礼をお許しください。俺はあなたの気持ちに報いることはできません。俺はあなたを愛せない。俺の心はもうメリッサのものです。
もう終わりにしましょう。俺はあなたに相応しくない。あなたのような尊き血を持つ方には、俺ではなくて、もっと別の相応しい方がいるはずです」
シャルロットは取り出した扇子で口元を隠しながら、険のある表情で二人を見ている。
「――――わかりましたわ」
シャルロットは一つため息を吐き出すと、扇子を畳んでニコリといつものような可愛らしい仕草の笑みを見せた。
「そこまで言われてしまっては、私もどうしようもありませんね」
シャルロットの表情はにこやかなものに変わっている。
「さて皆様、私事で見学を中断してしまって申し訳ありませんでした。見学を続けましょう」
シャルロットは何事もなかったかのように支配人に案内を促しているが、ナディアはシャルロットの態度に何だか不自然なものを感じていた。
滝を作り出している上部の仕掛けを見学できるとのことで、一行は舞台裏にある階段を登った。
客席からは見えない舞台の天井部分には人が一人両手を伸ばしたほどの幅の足場があって、壁側に手すりはあるが片側は絶壁だった。
幕で客席から隠されてはいたが、数え切れないほどのホースが何本も壁を這うように通されていて、最終的に人が五人ほど入れそうなかなり大きい楕円形の吹き出し口に繋がっていた。
足場の反対側は行き止まりになっているので、見学者たちは一人一人足場を伝いながら壁側に取り付けられた楕円形の仕掛けの中を覗き込む。壁側の反対側は絶壁のため、見学者たちの中には怖いからと辞退する者もいた。
そんな中、お淑やかそうなシャルロットは意外にもはしゃいだ様子で、一人楕円形の仕掛けを見に行った。
「すごかったですわ! あの滝があんな風に作られていたなんて、舞台を作り上げる方々の情熱を感じますわ! これは一見の価値有りです! メリッサさんも如何ですか?」
戻ってきたシャルロットは、なぜか階段上の踊り場で待機していたナディアの元へ一直線にやってきて、是非見学をするようにとかなり勢い込んで勧めてくる。
(これはもしや……)
「メリッサ――」
「そうですね、私も行ってみます」
そばにいるゼウスが断るようにと口を開きかけた気がしたので、ナディアはそれよりも早く自分も行くと返事をした。
「メリッサ、危ないから無理しなくてもいい」
「大丈夫よ、シャルロット様だって見に行けたのだから。私が意気地なしに見える?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
止めようとするゼウスの言葉をナディアはさらりと受け流した。
(売られた喧嘩ならば、買わねば)