27 奇遇ですね
ゼウス視点
ゼウスは仕事から抜けたあと一度本部に戻り、隊服から私服に着替えてデートに向かうつもりだったが、定刻になっても自分が本部に戻らなかった場合はお願いしますと彼に頼んでおいたのだった。
「やあ、この温室の花々の如く可憐で麗しきお嬢様方、突然ですまないが失礼するよ」
気障なことを言いながら現れたのは隊服に身を包んだ爽やかなおじいちゃん、じゃなかった、一番隊長ジョージ・ラドセンドとその副官、そしてジョージのお友達である退役銃騎士数名だ。
「まあ…… ラドセンド卿…… 一体どうなさいましたの?」
お茶会の主催者である侯爵令嬢が驚きながらも声をかける。一番隊長の登場に幾分戸惑ったような口振りだ。彼のような上役の者が令嬢のお茶会の護衛に出ることは通常稀であり、まさか彼自身が直接現場にやって来るとは思っていなかったようだ。
ゼウスは打たれて泣き寝入りするような性格ではない。
そっちが行かせないように仕向けてくるのならば、何がなんでも行ってやるぞこんちくちょうという気持ちになるものである。
もしもの場合は応援に来てほしいとジョージに頼んだのはゼウスだが、隊の頂点を平の銃騎士の希望で動かすとは相手によっては叱責ものである。しかしジョージは快く引き受けてくれたのだった。人数がいた方が良いだろうと知り合いの退役銃騎士たちまで連れてきてくれた。何か起こった時に対処できるよう本部には副隊長が残っている。
今回の乱立お茶会はかなり想定外のものであるのだが、令嬢たちのお茶会以外にも他の貴族たちの通常の護衛任務は続行されているし、万が一不足の事態が起こった時のために顔の広いジョージは退役銃騎士たちから本日の仕事を手伝ってくれる有志を募っていたのだった。
「今日は些か人手が足りなさすぎていてね。私のような老いぼれも働かなければ首が回らないような状態なのだよ。さあ、我々のことは気にせずお茶会を続けてくれたまえ」
「いえ、ラドセンド卿をずっと立たせておくわけにはまいりませんわ。すぐに支度をさせますので、どうぞこちらに……」
侯爵令嬢は使用人にジョージたちのために人数分のお茶と椅子を用意するよう指示した。
「では折角なのでご相伴にあずかろうかね。たまにはうら若き乙女たちと交流を持つのも嬉しいことだね」
ジョージは笑顔を浮べながら侯爵令嬢にウインクをしている。このおじいちゃんはおべっかではなく半分本気で言っているのではないかとゼウスは思った。
「では隊長、後のことはよろしくお願いします」
「うむ、行ってきなさい」
令嬢二人はやや険しげな視線をゼウスに向けているが、ジョージは鷹揚な態度で頷き微笑んでくれた。
一番隊長以外にも副官や退役銃騎士たちがいるわけで、これ以上令嬢たちが何かを企ててゼウスの足止めをすることは流石に不可能だろう。
ゼウスは隊長含めた貴族や専属副官と元上官たちに礼をしてから、足早にその場を去った。
「間に合った……」
本部に寄ってから私服に着替え、劇場方面の馬車に乗り、劇場前の広場に辿り着く。劇場入り口正面に据えられた時計はちょうど約束の時間を指している。
大理石で作られた馬に乗った騎士の彫像が待ち合わせの目印だった。台座の下に近付いて辺りを見回すが、彼女はまだ来ていないようだった。
周囲はこれから始まる歌劇を観るために劇場の入り口に向かう人々や、ゼウスと同じように待ち人を待つ人の姿が見える。
約束の時間は舞台が始まる時刻より余裕を持たせてある。ゼウスは彫像の近くでメリッサを待つことにした。しかし、五分、十分、十五分と待っても彼女が現れる気配はない。
(まさか、すっぽかされたのだろうか……)
古書店にゼウスが足繁く通っても、メリッサは嫌な顔せずいつもにこにこと迎え入れてくれた。
しかしそれは客として扱われていただけの上辺だけの対応で、彼女は最初に自分に興味がないと言っていた様に、自分とデートすることはやはり迷惑だったのだろうか――――
劇場正面の時計とにらめっこしながらそんなことを考えていると、「あら?」と、この場であまり聞きたくない見知った声が聞こえてきた。
声の方向に視線をやると、それぞれ着飾った貴族の令息や令嬢とその従者たちがいた。
声の主はその人物たちの中央にいた、シャルロット・アンバー公爵令嬢その人であった。