26 貴婦人たちの企み 2
ゼウス視点
話の流れで、ある一人の令嬢が「お花が見たいですわ」と椅子から立ち上がり、従者を伴い温室の花々を見に行った。隊員の一人が付き添いを申し出たが、従者もいるし温室の中だけだから大丈夫だと断られてしまった。
そして起こる悲鳴。
何をどうしてそうなったのかよくわからないが、令嬢は平坦な場所で足を挫いてしまい、その場に蹲っていた。
お茶会が開催された侯爵家で手当ては行われたものの、念の為に病院に行くことになり、付き添いで年嵩の銃騎士が一人抜けた。
令嬢たちは一人が怪我でいなくなってもそのままお茶会を続行した。そしてそのうちまた一人の令嬢が、「何だか気分が優れませんわ」と体調不良を訴え始めた。令嬢は持参していた薬を飲み少し落ち着いたようだったが、このまま自宅に帰りたいと言い出した。
その令嬢は首都在住ではなく東に五十キロほど離れた街に住んでいる。令嬢は自宅への道中、銃騎士の護衛を要請したが、馬車で何時間もかかるような場所に付き添っていたらデートの時間に間に合うわけがない。
今日中に首都まで戻ってこられるかどうかも不明な仕事はゼウスの事情を知るもう一人の銃騎士が買って出てくれて、ゼウスが行かなくても済んだ。しかし残り二名の令嬢と共にゼウスは一人だけでお茶会の護衛を続行することになってしまった。
予告されていた茶会終了時刻を過ぎてもお茶会が終わる気配は無い。彼女たちはおそらく観劇が終了する時刻までお茶会を終わらせるつもりはないのだろう。
たとえ彼女たちの話の内容が、お互いが飼っている猫がどうしたこうしたという話がであろうと、お茶会は貴族たちにとっては重要な社交の場。銃騎士風情が早く切り上げるようにと促すことはできない。
最初に病院への付き添いで出て行った銃騎士も戻って来ない。おそらく、何かと理由を付けられて足止めされているのだろう。
(時間だな……)
もうそろそろここから出なければ約束の時間に間に合わない。天を仰ぐように上を見たゼウスは観念したかのように目を閉じてため息をついた。その様子を見て令嬢二人がこっそりとほくそ笑む。
ゼウスの心をやるせなさが支配する。
諦めたわけではない。
ゼウスをデートに行かせないように仕向けてくるだろうことは予想していた。だから手は打ってある。自分が最終手段を取らなければ女性とデートできないような立ち位置にいたことを再認識させられて軽く絶望しただけだ。
むしろ彼女たちが自分よりもメリッサに何か危害を加えやしないかと心配していたが、貴族社会に自分が平民女性とデートする噂が広まって以降、何度もメリッサの職場に足を運んで彼女の様子を注意深く見ていたが、特段これと言って変わった様子はなかった。
困ったことがあれば何でも言ってほしいと行く度に話していたが、「大丈夫ですよ」と、彼女は変わらない笑顔を見せてくれていた。
貴族女性たちはあくまでもゼウスを少し懲らしめてやりたかっただけなのだろう。メリッサまでどうこうしようというつもりはないようだった。
ゼウスの恋路を邪魔するにしても毎回こんな方法が採れるわけがないし、何度邪魔をされても自分が一人の女性を選んだということを信念を持って示し続ければ、このような嫌がらせもじきに沈静化していくに違いない。
メリッサの笑顔を思い出すと胸が温かくなってくる。やはり自分は彼女のことが――――
考え事をしていると、温室の外から何人かの足音が聞こえてきた。
どうやら最終手段が来てくれたようだ。