稀人 ―まれびと―
最終回です
R15注意
ジュリナリーゼ視点→三人称
ジュリナリーゼは首都の公爵邸の自室にて目を覚ました。
次期宗主の私室に相応しく、広々とした寝台には豪奢な天蓋が付いていて、向こうが透けて見える薄い白のカーテンがかかっている。
「リィ、起きた?」
すぐ横から天使の声がした。ハッとそちらを見ると、そこに御座しますのはジュリナリーゼの聖天使ことセシルだった。
セシルは訓練生の黒い上着だけを脱ぎ去った状態で下の白いシャツを着ていて、対する自分は薄い夜着姿だった。
「ここは…… 天国?」
意識が途切れる前の最後の記憶は、処刑の直前に獣人王シドが暴れ出し、それを抑えるために向かったセシルがシドの腕に胸を貫かれてしまった場面だ。
ジュリナリーゼはあまりのことに一瞬で目の前が真っ暗になったが、気付けば無事なセシルと一緒に寝台の上にいる。
展開について行けないジュリナリーゼは、つまりは自分もショック死して後を追い、憐れんだ神様が最後にセシルと愛し合える機会を作ってくれたのかと思った。
「そうだね、リィのいる場所が俺にとってはどこでも天国だよ」
ああやはり…… と思ったジュリナリーゼは、綺麗な涙を一筋流しながらセシルに抱きついた。
「セシル…… あなたを守れなくてごめんなさい。あなたを愛している」
その瞬間、セシルは息を呑む。セシルのすべての動きが、止まった。
「…………もう一回言って」
「あなたを愛している」
「リィ!」
「きゃぁ!」
セシルがジュリナリーゼの愛称を叫んだ瞬間、二人の着ていた服が弾け飛ぶように文字通り霧散した。
「俺も愛している! リィだけを愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛している! 愛しているっ!」
「愛してる! 私も愛している! ごめんねセシル! ごめんねっ!」
二人共に愛していると叫びながら気持ちを高め合い、ジュリナリーゼは天国を見た。
落ち着いた後に、お互いに死んでなかったことを説明されたジュリナリーゼは、セシルを抱きしめて泣いた。
「生きていて良かった! セシルごめんなさい!」
ジュリナリーゼは詫びた。今まで一度も愛してると言わなかったこと、そして、初恋の人――よりにもよって彼の兄――への思いをセシルに重ねてしまっていたことを。
ジュリナリーゼは、これからは真実セシルだけを愛してセシルだけを見つめてセシルだけを大事にして生きていくと誓った。
セシルはジュリナリーゼを腕の中で抱きしめて、彼女の頭をナデナデしながら話を聞いてくれた。セシルはいつもこんな風にジュリナリーゼを甘えさせてくれるので、どちらが年上かわからないなと常々思う。
セシルが「いいんだよ」と言いながら嬉しそうに口付けてくれたので、ジュリナリーゼは許されたことに安堵した。
その後ジュリナリーゼは再びセシルとの愛を確かめ合った。
「リィ…… あのね…… 俺も言わないといけないことがあって…………」
愛され尽くしたジュリナリーゼがセシルに身を預けるように横たわっていると、セシルが急に真面目な顔になって切り出してきた。
「俺、本当は獣人なんだ」
******
シドの処刑騒動があったその翌年、ジュリナリーゼはセシルの成人に合わせて、予定通り盛大な式を挙げて彼と結婚した。
ジュリナリーゼはのちに双子の男女を出産したが、その双子の兄妹――セフィロトとセフィラ――が、「稀人」という、特別な性質をもった人間であることが発覚して、一時期大騒ぎになった。
稀人とは、人間でありながら獣人のような性質を持つ者を指す。
稀人は両親が必ず人間であることや様々な研究結果から、獣人とは違う存在とされている。稀人は髪や眼の色が特殊だったり、身体能力に優れていることが多い。
けれど獣人のように肉食でもなければ、稀人の全員が特別に鼻が良く利くわけでもない。
稀人の存在はジュリナリーゼが宗主になる前から世界中で確認されてはいたが、その数は極端に少なく、稀にしか生まれないので稀人と呼ばれている。
次代の宗主が獣人に似た性質を持っているのは非常に不味いのではないかと、新聞などに書き立てられたり議会で議論されることもあったが、宗主配クラウスが全ての権力を総動員させて沈静化を図り、世論も操作して、「特別な力を授かった稀人は尊き存在であり、稀人こそが宗主に相応しい」という論調に変えさせて、孫と、それから娘夫妻を守ろうとした。
クラウスは、亡くなった――生存説もある――長女ばかりを溺愛し、次女ジュリナリーゼを疎かにすることが多かったとされているが、晩年はジュリナリーゼとの絆を取り戻すように、娘家族との交流の場を多く持つようになったという。
世論の風向きが変わった最初の頃こそ、稀人の存在に眉を寄せる者も多くいたが、ジュリナリーゼが宗主となり、次期宗主である兄セフィロトや妹セフィラがその優秀な能力を如何なく発揮するようになると、稀人の存在を尊ぶ者も増えてきた。
そして、稀人同士の子供が高確率で獣人になることが証明され、獣人の起源が人間であることも証明される頃には、獣人を人間社会の一員として認めようという動きも活発化した。
やがてセフィロトの血を引き宗主となった子孫が獣人であることが大々的に発表されても、もうその頃には、人間と獣人は共に手を携えて生きるような社会に変わっていた。
――――稀人宗主セフィロトが本当は獣人であったことは、彼の生涯の最後まで極々一部の者しか知らず、歴史書がそれを明らかにすることもなかった。
【了】
お読みいただきありがとうございました。
長くやっていたナディアの話が終わってしまったと寂しくも感じます。
あとがきを活動報告へ上げています。ありがとうございました。




