二番隊副隊長と総隊長選挙
三人称
獣人王シドを討ち取り人々を守った功績が、三番隊長マクドナルド・オーキットと、二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイには認められたが、それはそれ。
銃騎士隊総隊長グレゴリー・クレセントは処刑前のシドの拘束が解かれた責任を取る形で罷免させられ、同時に退役することが決まった。
グレゴリーは議会で追求されても、最初から最後まで総隊長を辞めるつもりはないと突っ撥ね続けた。銃騎士が若干名犠牲になったものの――フィリップ・キャンベル副官の殉職については表向きの話で本当は死んでいないが――老いても尚グレゴリーは国のために戦い、自分の全てを懸けて忠義を尽くしたいという意志を強く見せ続けた。
しかし議会を裏で操る宗主配クラウスに執拗なる圧力をかけられ、数ヶ月の攻防を経てグレゴリーは罷免されることになってしまった。
シド捕獲作戦の立案や実行の指揮はジュリアスが中心となり行われたものだ。グレゴリーが罰せられるならばジュリアスも罰せられて然るべきである。ところが、ジュリアスの実弟セシルをそれはそれは猫可愛がりしているクラウスが、娘婿の兄ジュリアスに悪評が立たないように工作し、グレゴリー唯一人に責任を被せる方向に持っていった。
辞任を強く拒み職務を全うしたいと訴えるグレゴリーに世間は同情的だった。彼のこれまでの功績もあり、彼一人に責任を押し付けて辞めさせるのは国益に適わないのではという意見もあった。
しかしクラウスにとってはそんな意見知ったことではない。仇敵のようなグレゴリーに恥辱を飲ませて必ず引きずり降ろしてやるという暴発しそうなほどの執念を滾らせて、子飼いの議員を使いグレゴリーを責めて責めて責めて責めまくった。
グレゴリーを失脚させようと企むクラウスは彼に対して怨念のようなおどろおどろしい思いを抱いている様子だった。しかし、グレゴリーが銃騎士隊を去るその日に見送りに現れたクラウスは、側仕えの者たちの心配を余所に、グレゴリーに対して珍しく柔和な微笑みを見せたという。
「あなたはよくやった。これからのことは後進に任せればいい。もういい加減、あなたは自分の人生を第一に考えるべきだ。 ――――奥方を大切に」
向かい合ってグレゴリーに言葉を述べるクラウスの様子は、まるで長年の確執が氷解したようにも見えるものだった。
――――こうして総隊長の席が空くことになり、当然、次の総隊長を決める必要性が出てきた。
グレゴリーは初代総隊長だったため、次代の総隊長を決めるのは初めてのことだ。
発足時の規約によれば、
「階級が最上位である参与の者は誰でも総隊長になれる資格を有しており、
自薦のみの立候補制とし、
立候補者が複数いる場合は総隊長、副総隊長、及び番隊の隊長と副隊長のみの投票で次期総隊長を決める」
と書かれていた。
番隊とは一番隊から十五番隊を指し、支隊や副隊は含まれていない。
総隊長と副総隊長以外では、各隊に二票ずつ投票権が割り当てられている。
立候補に一番に名乗りを上げたのは三番隊長マクドナルドだった。
参与の階級を持つ他の隊長クラスの者たちも立候補を検討する中、二番隊長代行ジュリアスが立候補の意を表明したことで、流れが一気に変わった。
ジュリアスはそれまで階級的には最高位ではなかったが、シド討伐の功績により昇格していた。銃騎士になって十年に満たない、かつ平民だった状態で参与にまで上り詰めるのも異例のことだった。
ちなみに副官だったフィリップも殉職の際に二階級特進となり、参与の下の参事となっている。
ジュリアスはフィリップがいなくなった後、まだ副官を指名していない状態だった。
隊長や副隊長の人事は、総隊長を始めとする上層部の意向も絡むが、専属副官については基本それぞれの隊長たちに一任されている。
総隊長はそれでも専属副官の人事に介入する権限は持っているが、グレゴリーが副官の人事に口を出したことはこれまであまりなかった。
マクドナルドは、ジュリアスが意志を固めたのならばと、立候補を取り下げた。
マクドナルドは領地決めの際にジュリアスが鉱山を譲ってくれたことに大変な恩義を感じていて、「俺は若者の夢を応援する」と支持側に回った。
それから、宗家第二位バルト公爵家の令息であるロレンツォ・バルト副総隊長が、ジュリアス支持を表明したことも大きかった。
ロレンツォは、グレゴリーの退陣が避けられない状況になり、隊長会議において次期総隊長選挙が開かれるのではないかと囁やかれるようになってからずっと、次期総隊長最有力候補と見なされながら沈黙を守り続けてきた。
明らかになった彼の真意は、自分ではなくてジュリアスに総隊長になってほしいというものだった。
ジュリアスが立候補を決めたのはロレンツォが説得したからだ、という説もある。
隊員や世間から人望の厚い二人によるジュリアス支持と、国民感情の後押し、それからジュリアス自身の人柄や人気などもあり、立候補を検討していた者たちの多くが彼ならばと納得し、立候補締切日まで他に手を挙げる者は誰もいなかった。
立候補者が一人しかいない場合は、隊長会議で次期総隊長として承認されるのみで、投票選にはならない。
このまま「ジュリアス・ブラッドレイ新総隊長」の誕生は既定路線と思われた。
が、しかし、立候補締切最終日に、空気を読まない男が一人立候補してしまったため、結局総隊長選挙は行われることになった。
立候補したのは二番隊副隊長のマーカス・エニスだ。
ジュリアスとマーカス以外に立候補する者はなく、一騎打ちとなったが、大方の予想通り、結果はジュリアスの圧勝で終った。
二代目銃騎士隊総隊長に就任するのはジュリアスで決まり、すぐにそれを祝福する号外も配られたが、総隊長選挙が行われた会議室では、人目も憚らずに号泣するマーカスの姿があった。




