おまけ2 薔薇色の未来
どんでん返し注意
シリウス視点
シリウスは、四歳で可愛い盛りのオリオンと、安定期に入ったナディアを連れて、侯爵になった兄ジュリアスに頼み、領地のブラッドレイ侯爵家で行われるお茶会に参加させてもらうことにした。
そのお茶会は貴族が主な参加者だが、兄ジュリアスと違って平民であるシリウス一家は、兄の家族枠とでも言うべきか、有り体に言えば縁故枠として特別に入れてもらった。
お茶会には平民の商人も混ざっていて、同じく平民であるシリウスたちがいてもそこまで白い目で見られることもなく、また、英雄と評されることもあるジュリアスの威光の影響もあってか、ジュリアスの実弟一家ということで、参加者たちには概ね温かく迎え入れてもらえたと思う。
シリウスがジュリアスに、「貴族の催しに自分たちも混ぜてほしい」と頼んだのは始めてだった。
ナディアには、「貴族のお茶会? マナーわからないけど?」と言われたが、妊婦だから飲めない食えないと通せば大丈夫だと言い、二の足を踏んでる所にお腹を締め付けないタイプの綺麗なドレスを着せて、「オリオンのためだから」と説き伏せ、無理矢理参加することを了承させた。
流石に二歳の双子たちは、平民が走り回って場を引っ掻き回したらまずいと思い、調子の良い母のロゼとシオンに任せてきた。
四歳になり分別のつくようになったオリオンは、会場に入るなり華やかな雰囲気にキョトンとしていたが、走り回ることもなく、シリウスの言いつけ通り行儀良くできていた。
オリオンは最初は緊張もしていたが、会う度によく可愛がってもらえる伯父のジュリアスや、遊び相手の従兄ジュライもいたので、次第に緊張も解れたようだった。
お茶会には、子供の――とりわけ女子の――姿がわりと多かった。なぜなら、ジュリアスとフィオナの息子で、ブラッドレイ侯爵家嫡男であるジュライの婚約者候補に名乗りを上げようと、貴族たちがこぞって年齢の見合う娘を参加させていたからだ。
今回のお茶会の趣旨はジュライの婚約者選び、というわけではないが、国民からの人気も高いブラッドレイ侯爵家と縁続きになりたい家はそれなりに多いようだった。
お茶会が始まるなり、ジュリアスに似たイケメン幼児ジュライは同じ歳くらいの小さな令嬢たちに揉みくちゃにされかけたが、すぐに脱兎の如く逃げ出していた。
ジュライの後を追って令嬢たちも会場になっている大ホールから抜け出し、屋敷の中で追いかけっこが始まったかと思いきや、すべてを見越して廊下で待ち構えていた美貌の護衛ギルバートにジュライは首根っこを抑えられて捕まり、未来の侯爵を追って走り出した令嬢たちが転んで怪我などする前に、会場にポイッと戻されていた。
その後はジュライの座るテーブルに希望の令嬢たちが時間制で数名ずつ交代で配置されることになり、順繰りでお話をしましょうという形になっていた。
ジュライは流石に観念したようで、その後は貴族令息らしく振る舞い、少女たちの話をニコニコと微笑を浮かべて聞いていたが、たぶん右耳で聞いた話を左耳へと受け流しているように見えた。
モテすぎ甥っ子も大変だなと思いつつも、シリウスには現在、他にやるべきことがあった。
ジュライの後を追って多くの令嬢たちが動いた時に、その保護者たちも娘を心配して動いたりして、少しの間だけ、会場にいる人の数が減っていた。
ジュライを巡る騒動をシリウスの傍らでパチパチと瞬きをして驚いたように見ていたオリオンのつぶらな瞳が、ふと、人が少なくなった会場の中で、ジュライを追いかけずにその場に残っていた、小さな令嬢の姿を捉えていた。
それは、シリウスが『未来視』で視た通り、愛息が将来妻にする相手を見初めた瞬間だと、シリウスにははっきりとわかった。
シリウスには父アークのこととは別に、後悔というか、一つ引っ掛かっていることがある。
それは、シリウスが父が亡くなったあの日に、ただ一度きり視た、『自分が車椅子に乗っている世界線』でのことだ。
シリウスは現在、既にナディアに四人目を孕ませているくらい、子供好きだ。
それなのにあちらの世界線では、長男オリオンのただ一人しか子供を作っていなかった。
それは、向こうのシリウスが、ナディアを生き返らせるために、『過去改変の魔法』を使ったのが理由だろうと、シリウスは何となく見当をつけていた。
『過去改変の魔法』は術者が死ぬと、改変する前の過去に戻る。
つまり、寿命などでシリウスが死んだ瞬間に、ナディアはあの処刑場で死んでいたことになって存在が消えてしまい、周囲の者たちの記憶からもナディアの存在は消えてしまって、ナディアが生んだ息子のオリオンも、ナディアと同様に存在が消え去り、周囲の人々の記憶からも消える。
もちろん、愛した人の記憶からも。
向こうのシリウスとナディアが、どういうつもりで子供を生んだのかはわからない。あの時に視た『未来視』は、とても短いもので、向こうの愛息がどのような人生を辿り、どのように消えていくのかもわからなかった。
ただ、今のシリウスにできることは、こちらの世界線での愛息が、愛する者と確実に結ばれて、できるだけ長く一緒にいられるようにと、手を貸すことくらいだ。
ワーワーギャーギャーと、ギルバートに捕まったジュライや、何人かの令嬢たちの声が響く中、オリオンはシリウスに座らされた椅子からすっくと立ち上がった。
シリウスが仕込んでいたわけでもないのに、オリオンはその場に立ち尽くしている、夜色の髪と黄金色の瞳を持つ少女の元へ真っ直ぐに向かうと、声をかけていた。
「始めまして。ジュライの従弟の、オリオン・ブラッドレイです」
優秀な息子オリオンは、四歳とは思えないほどにしっかりとした挨拶をして、少女――子爵令嬢のステラ――に綺羅びやかな笑顔を見せていた。
オリオンはよくある茶髪茶眼であり、パッと見で白金髪に碧眼のジュライほどの華やかさはないが、愛妻ナディアが手放して褒めそやすほどのイケメン幼児である。
家族にも向けたことのないような過去一のとびきりの笑顔を向けられたステラは、オリオンを見て一発で頬を染めていた。
(掴みは良好だ)
オリオンに惚れない女などいるわけがないと、やや親馬鹿的思考の持ち主であるシリウスは確信している。
オリオンとステラは、獣人と人間、そして平民と貴族である。
彼女と結婚するためには、幾多の試練が待ち受けているだろうことは、シリウスは『未来視』で既に視たので知っている。
だが、自分がいるからには、必ずや愛息のために一肌でも二肌でも何肌でも脱ごうと、かつて自分を助けてくれた父アークのように、シリウスはなんでもする覚悟だ。
自分たち親子に標的捕捉されたこの少女に、最早逃げ場などない。
シリウスの脳内では、愛息とこの少女の色鮮やかな薔薇色の未来が、既に浮かび始めていた。
おしまい




