12 虹
ノエル視点→アーク視点
教会の鐘が鳴っている。何度も打ち鳴らされる祝福の鐘ではなくて、厳粛な空気間の中でどこか寂しげに鳴らされている鎮魂の鐘だ。
本日は、獣人王シドの処刑に際し殉職したアーク・ブラッドレイ二番隊長――――ノエルの父の葬儀が執り行われていた。
二番隊長だったこともあり、家族や銃騎士隊の関係者以外にも、一般参列者も多く、とりわけセシルの婚約者の次期宗主ジュリナリーゼや、現宗主配クラウス――宗主ミカエラは直前に体調不良で急遽欠席になっていた――の護衛のための人員も多く配置され、一般参列者は教会内には入れないように規制がされていた。
葬儀中、アテナと結婚してエヴァンズ姓になっていたノエルは、親族席の上座を兄弟やその婚約者たちに譲っていたので、後ろから家族の様子が見えた。
番を失った母ロゼの悲しみはあまりに酷く、父が亡くなり日数を経過した現在でも、毎日泣き濡れていて、今も長兄ジュリアスに身体を支えられてやっとその場にいられるような状態だった。
出産直後だった母は父の死の衝撃からなのか母乳が全く出なくなり、何もできないくらいに塞ぎ込んでいて、赤子のお世話をするどころではなくなってしまった。
下の弟たちの世話もできないほどだったが、そこらへんは実家暮らしに戻った次兄シリウスや、シリウスの番になったナディアが世話を買って出ていた。
ノエルの前の席にいるシリウスの腕には、眠っている末弟ジークオルトが抱かれていた。けれど、葬儀が始まってから次兄は号泣し始め、その声でジークオルトも目を覚まして泣き出してしまった。
隣のナディアがシリウスをなだめていたが、三歳の弟レオハルトが、式が始まる前からずっと涙目でナディアの胸に抱き付いていたので、彼らの後ろにいたノエルがジークオルトを引き取った。
鐘の音が響く中、棺を乗せた馬車が火葬場へ向かう葬列が続いた。
棺の中には、残らなかったアークの遺体の代わりに、母が向こうでも困らないようにと、父の衣服や日用品などをこれでもかと準備したものが詰められ、そして花も敷き詰められていた。
父の代わりの棺は燃やされて小さくなり、母の腕に収まるほどの白い箱に入れ替えられていた。
箱は墓地に掘られた地面の上に置かれて、銃騎士隊員たちが手伝ってくれて土を被せられ、埋葬されていく。
母と次兄の嗚咽の声が響き、他の兄弟たちも泣いていたし、ノエルも泣いた。
「お母さん、見て見て。虹が出てるよ」
悲しみに包まれた重苦しい空気感の中、殊更明るい声でそう発言したのは、喪服であってもスカート姿は揺るがない六歳の弟シオンだ。
母のそばにはジュリアスが付き添っていたが、シオンも、すぐ上の兄カインと手を繋ぎながら、母のそばに寄り添っていた。
暗い顔でずっと涙を流していた母は、シオンのあどけない声を受けて、顔を上げた。
ノエルも腕の中で身動ぐジークオルトを抱えたまま、シオンの指差す方を仰ぎ見た。
雨が降った訳でもないのに、空には確かに虹が架かっていた。
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アークは『第三の眼』通して、愛する家族が自分の葬儀に参加する様子を視て、そして聴いていた。
『あの世』由来である『第三の眼』は、視覚的な効果だけではなく、聴覚的な能力も付随していた。
アークは彼らの様子を眺めながら、泣いているロゼを視て悪いことをしたなと思ったし、一度も抱いてやれなかった赤子のジークオルトには、誕生日が父親の命日になってしまって申し訳ないなと思った。
そして、葬儀の最中で誰よりも号泣しているシリウスを視て――――ホッとした。
アークは、生きている愛息の姿が垣間見れて安堵した。輪廻転生という仕組みはわかっていても。
ロゼには悪いが、シリウスの代わりに死んだことに悔いはなかった。
前世や前々世の記憶が蘇った今となっては、獣人のシリウスから番を取り上げようとして、随分と酷なことをしてしまったという反省はある。
『門番』になったアークは、少なくとも『次の門番』が現れるまでは、この場所に留まらねばならない。
いつか逢えるその時が来たら、アークは愛息に謝りたいと思っている。
『お母さん、見て見て。虹が出てるよ』
不意に、明るさを取り戻させるような、アークの六番目の愛息シオンの声が聴こえてきた。
『第三の眼』を通して視える視界の中では、シオンの指し示す空の方向に、雨が降っていないのにも関わらず、虹が出現していた。
『本当ね…… すごい……』
涙を止めて感嘆の声を上げたのは、妻のロゼだ。
『あれはね、滅多には見られない特別な虹なの。
アーちゃん…… パパの生まれた日にも、空にあの虹が架かっていたらしくて、パパの名前はあの虹の名前にちなんで付けられたそうよ。
まさかお葬式の日にまで虹が出るなんて、あの人はやっぱり何か持ってるわね』
ロゼはそう言って虹を見つめながら微笑んでいた。
美しい妻の微笑と、虹を見上げるそれぞれの子供たちの姿に、アークの中に愛しさと寂しさが募る。
また逢いたいと思う。
いずれまた逢える。
愛する者たちが訪れるその時まで、アークはこの場所で待ち続けようと思っている。




