5 『未来視』の盲点
注意:主要キャラが死にます
シリウス視点
シリウスは覚悟を決めた。
「ごめんね、ナディア……」
(君を残していくことがとても心苦しいけど、向こうで待ってるから……)
シリウスは『門番』の鍵を手に入れるために動き出した。
「わ、わあっ!」
シリウスが全速力で動き出したのと同時に、驚きの声を上げたのは弟のカインだ。
ジュリアスは婚約者フィオナの腰をずっと抱いたままだし、『第三の眼』から視た光景を送っていなかったノエルは、この時避難誘導のために処刑場の外へ出ている。
必然的に三番目の弟カインにナディアの身を預けることになり、カインはシリウスの転移魔法でいきなりナディアの身体が眼の前に現れたことに驚きつつも、兄の代わりにナディアの身体を受け止めていた。
「シー!」
シリウスの考えに気付いたジュリアスが顔を青褪めさせて名を叫んでいるが、シリウスが『未来視』で視た通り、この咄嗟の場面で兄は動けずにいる。
転移魔法は同時に発動できないため、ナディアをカインに託すために魔法を使ったシリウスは、鍵を持つ『門番』の所へは持ち前の身体能力で移動していた。
しかし、シリウスが手を伸ばして鍵を掴む直前――『第三の眼』を持つシリウスは常人では触れられない鍵に触れることができた――、別の者が魔法の力で『門番』の手から鍵を浮かせてシリウスから遠ざけ、高速で自分の元まで引き寄せていた。
鍵が飛んで行った先を見たシリウスは驚く。
「父さん!」
オニキスに気絶させられた後、そのオニキスによって処刑場外に運び出されていたはずの父アークが、広場の一角に立っていた。
アークは、魔力切れで気絶したままのマグノリアを小脇に抱えていた。
マグノリアはノエルによってアテナの家に預けられていたが、アークが攫ってきたらしい。
現存する魔法使いの中で一番の手練れであるアークは、触れている間だけではあるが、対象の魔法使いの力を行使できるという特異な魔法を会得していた。
アークはマグノリアの『真眼』の能力を通し、『第三の眼』を持つシリウスと同じものが視えているようで、こちら側にやってきた『門番』が持つ鍵をシリウスが手に入れるのを、阻止してきた。
シリウスはアークの思惑を悟って青くなった。
「まさか! 待って父さん! 父さん!」
シリウスを見つめる父は、マグノリアから手を放してドサリとその場に落とすと、いつも通りの無表情で、何も言わないまま、鍵と共に転移魔法で消えてしまった。
アークが消える寸前、シリウスの脳裏にとある『未来視』が浮かんですぐに消失した。
それは父アークと母ロゼが寄り添い合い、互いの腕に男女の双子の赤子を抱えている絵だった。
念願の女児を授かれたロゼはホクホク顔だったが、『これで打ち止めだ』とアークに言われて、『まだまだいけるわよ! 目指せ十一人目!』と、宣戦布告のように意気揚々と宣言していた――――
しかし、ブチッと擬音が聞こえてきそうな唐突さでその『未来視』が消えたことで、母が生まれたばかりの末弟ジークオルトの下に、九人目と十人目の双子の弟妹を生む未来の可能性が完全に無くなったことに、シリウスは気付いた。
「駄目だ! 戻って! 戻って父さん!」
シリウスの叫び虚しく、『第三の眼』を通して視えた光景の中で、アークは転移魔法で『冥界の門』の内側に移動した途端に、生身の人間にとっては劇物でしかない周囲の物質に侵食されて、瞬時に絶命していた。
「父さん! 父さん! 父さん!」
ぶわりと、父アーク譲りのシリウスの灰色の瞳から涙が溢れた。
シリウスは、かつて自分たち兄弟や母まで殺そうとしたことのあるアークが、自らの命と引き換えにシリウスを生かす行動を起こすなんて、全く露ほども思っていなかった。
父に対する反感と思い込みにより、シリウスはアークが自分の身代わりで死ぬ『未来視』を遠ざけてしまっていて、察知することができなかった。
(父さんを殺したのは俺だ……! これから生まれてくる弟と妹の存在を消したのも俺だ……!)
アークがいなければこれ以上の弟妹は生まれない。
罪悪感と喪失感に苛まれるシリウスの視界の中で、扉の向こう側にあるアークの肉体は、瞬く間に塵と化して消えてしまった。
その場に膝を突いて慟哭するシリウスの涙が際限なく地面に落ち、それからべチャリと嫌な音が立って、シリウスの『第三の眼』も血と共に額から抜け落ちてしまった。
地面に落ちた『第三の眼』は端から形を崩し、蒸発するように消えてなくなった。
――――ガチャリ
硬質で鋭い音が天から降ってくる。
『冥界の門』の鍵が内側から掛けられた音だ。
シリウスが空を見上げれば、『冥界の門』の扉が既に閉まっていて、その姿が徐々に薄くなり始めていた。
「嫌だ! 戻って! 父さん! 父さん!」
シリウスは叫び、『冥界の門』を再び顕現させようとしたが、アークがあの世に飛ぶ前に、格の違いを見せつけるように、シリウスから『死者蘇生の魔法』を乗っ取っていたことから、術者ではなくなったシリウスがいくら魔力を込めても『冥界の門』は反応しなかった。
禁断魔法の乗っ取りなんて、寿命の半分くらいが持っていかれるほどの跳ね返りが来るが、死を覚悟していたアークは全く気にも留めなかったのだろう。
『死者蘇生の魔法』の乗っ取りで、次の『門番』はシリウスではなくてアークになってしまい、そのために次の『門番』ではなくなったシリウスの『第三の眼』も消失した。
「父さん! 父さん!」
「シー!」
絶望的な表情をしたジュリアスが、子供のように父を呼び泣きじゃくるシリウスの元にやって来る。
『第三の眼』も『真眼』の能力も持っていないジュリアスはすべての出来事を見たわけではないのだろうが、兄はシリウスとアークの行動や発言から、おおよそのこと――父の死――を察したようだった。
「兄さん! 俺が! 俺が父さんを殺した! うあぁぁぁーっ!」
「父さんはシーを守っただけだ! 自分を責めるな! シー! シー!」
ジュリアスもボロボロと泣きながらシリウスを抱きしめて言葉をかけたが、父親を死なせてしまったという罪の意識は、シリウスの心の深くまでを苛む暗い楔になって、晴れることなく残り続けることになってしまった――――
その後、シリウスやジュリアスが改めて最初から『死者蘇生の魔法』を発動させようとしたが、門の内側で幽体となり『門番』の役目を継いだのだろうアークは、息子たちの魔法には一切応えず、『冥界の門』の顕現さえも許さなかった。




