4 俺は君を殺せない
シリウス視点
歓喜するシリウスはしかし、すぐに真顔になった。
「駄目だったか……」
シリウスは『第三の眼』を通して、門の内側――あの世側――の揉め事がこの世側まで波及してきたことを知った。
死んでからまだそれほど時間が経っていなかったせいか、『冥界の門』近くにいたシドの魂は、『門番』に因縁をふっかけていて、彼らの間で戦いが始まっていた。
幽体になっても鬼のように強すぎるシドの方が優勢で、『門番』は応戦しながらシリウスの『死者蘇生の魔法』に応えて、ナディアの魂を門の外まて出してくれたが、『門番』はかなり追い詰められていて、とうとう彼自身も『冥界の門』の外側まで出てきてしまった。
(死んでも厄介なオヤジだな全く!)
現れた『門番』は長い黒髪をなびかせた二十代半ばほどの男で、額にシリウスと同じく『第三の眼』を宿していて、手には先端が鍵状になった長い杖を持っていた。
その鍵状の杖は、『冥界の門』を開け締めするのに必要な唯一の道具であり、常に『門番』が管理している。
『第三の眼』か『真眼』でしかわからない光景を、シリウスは魔法でジュリアスの脳内にも送った。ジュリアスはシリウスの意を汲み、『門番』だけを現世に引き戻すように光魔法の壁を一部崩した。
シドの魂だけはこちら側には絶対に戻してはいけない。
『冥界の門』を逆走した魂が受胎直後の女の胎に宿ると、その魂は新しい肉体を得てこの世に再び誕生する――――つまり、正規の道程を辿らずに「転生」してしまうのだ。
その際に前世の記憶を忘れていないことが多く、やっとシドを処刑できたにも関わらず、下手をしたら残虐で残忍な資質を持った獣人王シドが再びこの世に誕生しかねない。
痛めつけられた『門番』は幽体が薄くなっていてかなり弱っていた。この状態でシドのいるあの世側に行かせたら、魂が消滅してしまうかもしれない。
門番は『死者蘇生の魔法』に応えていなければ、劣勢になることもなかっただろう。
シリウスはナディアの蘇りに際し、シドの攻撃を受けながらも身を挺して協力してくれた『門番』を、守りたい気持ちがあった。
『冥界の門』の向こう側へ行って門の鍵を締めるのは、『死者蘇生の魔法』を発動させた張本人であるシリウスしかいない。
(結局、『未来視』での危惧が現実になったな……)
シリウスは「賭け」に負けた。
『門番』がシドに敗北しなければ、誰かが中に入って『冥界の門』を締める必要性も発生しなかった。
膨大な量の黒い靄を払い続けているジュリアスには相当の負担が掛かっていて、いつまでもこの状態を続けるわけにはいかない。
ナディアの蘇りが叶った今、できる限り速やかに『冥界の門』を閉めて内側から鍵を掛けなければならない。
シリウスは自身の腕の中で呼吸を繰り返し眠っているナディアに視線を落とした。
シリウスが死んだ後、ナディアはゼウスと番になるだろう。
シリウスは「賭け」に負けたのだ。
一瞬だけ、ナディアも一緒に向こう側へ連れて行って、来世で番になることを期待する道を選ぼうかとも思ったが、シリウスはすぐにその考えを捨てた。
シリウスには愛するナディアを殺すことなんてできない。
恋敵に愛する人の幸せを託すのは癪だが、シリウスにはもう、その選択肢しか残されていなかった。




