12 俺のすべては君のもの
R15注意
ゼウス視点
「ゼ、ゼウス! ゼウスが生きてた!」
里に来て季節が巡り春になった頃、ゼウスはなぜか獣人の里の内部で、アーヴァインと再会した。
ゼウスは、シドが死んだあの日に首都を出たきり、以降はナディアの故郷に来るまでずっと隠れ家に住んでいたので、アーヴァインと会う機会もなかった。
「死の偽装」以降は話をしに行くことも躊躇われてしまい、このまま一生会わずに終わってしまうかと思いきや、アーヴァインは学校用品の納品のために、キャンベル伯爵家の紹介ではるばる首都からやって来ていて、偶然にもゼウスと出会えた瞬間に号泣していた。
友情に脆いアーヴァインは、メリッサことナディアも実は生きていて、ゼウスと一緒に暮らしていると知ると、「本当に良かったなぁ」と言って、やっぱり泣いてくれた。
「そんなイケメン晒してたらすぐに『ゼウス様』ってばれちゃうだろ! この仮面無料でやるから、余所者が来た時は必ず着けとけ! 絶対に死ぬなよ、生き延びろ!」
ゼウスはアーヴァインから、顔の全面を覆う仮面、顔の半分を覆う仮面、目元だけを隠して覆う仮面、の三種類を譲り受けた。
貴族が仮面舞踏会にでも着けていそうな趣味の良い品だったので、これからはアーヴァインの言う通り、商人や里からすぐ帰る余所者がいる場面では、素顔を隠していこうと思った。
「今回はたまたま縁があって訪れたけど、たぶんこの先も、何かの折には商品を売り付けにここまで来るよ」とアーヴァインは笑っていて、彼とは再会を誓い合って別れた。
里の生活は、因縁を付けられることが皆無ではないことを除けば、それなりに楽しい。
当初、獣人社会の中に入っていくことに不安はあったが、いざ暮らしてみれば、ナディアの異母弟リュージュはどことなく気質が異母姉に似ているようで、一緒にいると清々しい気持ちになれたし、姉に顔付きが似ている、ナディアの義姉ヴィクトリアと話していると、まるで家族といるような安堵感があり、里の居心地は想定していたほど悪くない。
姉のアテナとはノエルの魔法で手紙のやり取りをしている。
極たまにこっそりと直接会うこともあったが、姉が無事に出産を果たした後は、育児にてんてこ舞いで時間が取れないらしく、やり取りはもっぱら手紙ばかりだ。
それからノエルは、あの処刑場の出来事の後に色々と考えることがあったらしく、モデルは廃業して、今年から銃騎士養成学校の一年生をやっている。
ゼウスはその話を聞いた時に驚いたが、「ノエルの決断ならばどんなことでも応援したい」と思ったので、自分の気持ちをそのまま伝えた。
ノエルの報告を受けた際に、姉の元に置いて来た隊服を貰っても良いかと聞かれたので、ノエルが使ってくれるなら嬉しいと思い、「是非使って欲しい」と言葉を返した。
姉も、パパ業と訓練生が同時進行中のノエルも、共に忙しい様子だが、充実した毎日を送っているようだ。
ゼウスも、『悪魔の花婿』として過ごせる安住の地へ辿り着けて、ナディアと一緒に学校運営のために働くことができて、日々の暮らしに満足している。
そして何より――――
「ぜうしゅ……」
今日も今日とて、二人の愛の住処で、ゼウスは仕事を終えて少々お疲れ気味のナディアと、夜の営みを行っていた。
二人は里に来た頃、最初は義兄セドリックの家に世話になって同居していたが、学校が作られてその成果が出始めると、学校創設の立役者としてナディアは評価されるようになり、そのお礼として族長オニキスから一軒家を賜った。
快感に支配されていた思考が霧が晴れるように明瞭になると共に、ふと、ゼウスの視界が、呼吸を繰り返しているナディアの胸の中央に留まる。
話によればその黒い痣は、恋敵だったシリウスがナディアに刻んだ魔法の痕跡らしい。
ゼウスは時々、最後に見た処刑場でのシリウスの姿を思い出した。
あの時のシリウスの動揺は酷いものだった。ガタガタと震えるシリウスは、まるで魂の半分をもぎ取られてしまったかのような、絶望一色の表情を浮かべていた。
憎き恋敵ではあったが、彼の激しい動揺は、大丈夫かと、手を差し伸べたくなるほどに見ていられないものだった。
ゼウスはその時に、シリウスからナディアを取り上げたら、もしかしたら彼は死ぬのではないかと思った。
そのことを何となくわかっていながら、それでもゼウスはナディアを離さなかったし、離れなかった。
自分だってナディアを愛していたから。
(何もかもを捨ててもいいと思えるくらいに、それこそ悪魔に魂を売っても構わないと思えるほどに、俺はナディアを愛している)
そして実際に、ゼウスは「死の偽装」をしてそれまでの人生を捨ててしまい、何もかもを差し出すつもりで、ナディアと添い遂げる道を選んだ。
俺はきっと、ナディアという美しい悪魔に魂を売ってしまったのだ――――――
そんなことを考えていると、寝台に横になっていたはずのナディアが、ムクリと起き上がった。
「ナディアは綺麗だよ」
満足した様子のナディアの瞼がとろとろと落ち始める。ゼウスはナディアを抱きしめて、彼女と共に微睡みながら言葉を紡いだ。
「んー?」
既に半分寝ていて意味を理解できていなかったらしきナディアが、甘えるような可愛い声音で聞き返してくる。
「美人ってことだよ」
獣人は元々美形が多い。ナディアは自分の容姿にコンプレックスがあるようだと、獣人の里に来てからゼウスは気付いたが、彼にとってナディアは最高級に美しい極上の美女である。
「ビジンは、ぜうしゅよ」
まだポヤポヤな頭の状態からは完全回復していない様子のナディアは、そう言った直後に、すうすうと寝息を立てて寝てしまった。
ゼウスは自分の胸で安心しきって眠る、最愛の女性の耳にかかる髪を優しく梳いてから、唇を近付けて、これからもきっと変わることのない愛を囁いた。
――――俺のすべては、君のもの。
【ゼウストゥルーエンド 了】




