10 それから
その後も何度かジュリアスが隠れ家に来てくれて、「ゼウスが獣人の里の住人になる」という大筋は変わらないまま、二人が里に移住する計画が練られた。
まずはナディアが人間の『メリッサ』であると証明(嘘の)をしなければならず、早急に首都に戻るのだろうと思っていたが、そこら辺はブラッドレイ家の兄弟たちが、ゼウス役とナディア役に分かれて魔法で姿を替え、サクッと証明してきたそうで、ナディアたちが慌てて首都に行かなくても大丈夫だった。
それから、ナディアが「人間」だと証明されたことで、あの新聞記者は大層悔しがっていたそうだ。
そこからすぐ、ゼウスは三番隊の任務として、首都からの地方への赴任を命じられた。
そして婚約者の『メリッサ』と共に、馬車に乗り赴任地に向かっていた途中で、獣人の襲撃に遭って二人とも殺された――――ということにした。
遺体を魔法で作り出すなどしてかなり血生臭い案件になってしまったが、無傷で助かった御者の証言もあるので、死の偽装はバッチリだ。
首都ではゼウスと、身寄りのなかった『メリッサ』の葬儀が、アテナたち夫妻の手によって執り行われた。
若く美しい銃騎士の『死』に、葬儀には嘆き悲しむ女性の姿が数多くあったそうだ。
多くの人々に嘘をついてしまったのは心苦しいが、しかし、ゼウスを狙っていたかもしれない女性たちが、これで諦めてくれたんじゃないかなと思えば、ホッとする部分もある。
ゼウスを死者扱いすることに、作戦を実行した後になってもナディアは葛藤があった。
他の方法はないのかと話し合ったが、「首都に残されるノエたち夫婦のことを守るためには、こうしておくしかない」というジュリアスの言葉を受けて、ナディアが折れた流れだ。
だからナディアは、「里に行ってからは『ゼウス』の名前を変えた方が良い」というジュリアスの提案には、最後まで折れなかった。
この国では「ゼウス」という名は、神話に出てくるとても強い神様にちなんだ名前だそうで、強い男になるようにという願いを込めて、男の子によく付けられるありふれた名前だ。
人間社会では死んだことにされて、その上で名前まで変わってしまったら、ゼウスの心理的負担が多くなるんじゃないかと考えたナディアは、改名しても構わないと言っていたゼウスの意見を跳ね除け、これからもゼウスはゼウスの名前で生きていくということで押し切った。
「ナディアが改名に反対してくれて嬉しかった」と、話し合いの後にゼウスに気持ちを打ち明けられて、粘って良かったとナディアも嬉しく思った。
ゼウスと『メリッサ』の葬儀によって工作のほとんどは終了し、あとは里に引っ越すだけになった。
ゼウスとナディアはしばらくは隠れ家で暮らすことにして、離れていた間の時間を取り戻すように、二人だけの甘い蜜月を過ごした。




