8 妙案
少しR15
マグノリアに促されて、ナディアとゼウスは彼女の隣に腰を下ろす。向かい側のソファに座るジュリアスとは自然と相対する形になった。
『銃騎士を辞める』とナディアに宣言して現在は私服姿であるゼウスと、銃騎士隊の隊服を着ているジュリアスの姿は、どこか対照的だった。
緊張感漂う空気感の中、一番始めに口を開いたのはジュリアスだった。
「エヴァンズ、ノエルから俺たち一家の秘密は聞いているよね」
話しかけられたゼウスは頷いた。
「……はい」
「ノエからも言われたとは思うが、関係者以外にはそのことは他言無用でお願いしたい」
「もちろんです。ノエルの正体が暴かれれば姉の命はありませんから。
俺は姉とノエルには本当に幸せになってほしいと思っているんです」
ジュリアスはゼウスの答えを聞いてゆっくりと頷いた。
「俺は今回、君たちの協力者になろうと思ってここに来た。
エヴァンズが『悪魔の花婿』だと断定されてしまえば、当然、身内であるノエたち夫婦にも何か獣人と繋がりがあるのではないかと、疑いの目が向けられるだろうし、何かの拍子に獣人だと正体がばれてしまう危険性はある。
だから、君たちを手助けすることで、それを阻止したい意図はある。
ただ、俺がここに来た一番の理由は、弟のシリウスに、『ナディアたちを助けてやってほしい』と、頼まれたからだ」
シリウスの名を聞いたナディアは、処刑場で最後に見た意識のないシリウスの姿が頭に思い浮かんだ。
『シリウスは大丈夫か?』なんて、口にする資格は自分にはないように思えて、ナディアは寸前まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「シーは、自分と同じように『番の呪い』にかかったナディアを苦しめたくないと言っていて、ナディアの幸せを一番に望み、自分は身を引く決意を固めてしまった」
「『番の呪い』……?」
知らない単語が出てきて首を傾げたゼウスに、マグノリアが『番の呪い』についての説明をしていた。
「……シリウスの『呪い』は、解けたの?」
ゼウスとマグノリアが会話をしている間に、ナディアはジュリアスに尋ねた。
ジュリアスは悲しそうな顔で首を振った。『本物』だとは聞いていたから、難しいのだろう。
「おそらく自然には解けないと思うから、魔法で何とかするよ。『番の呪い』を解くような魔法と、それから、記憶を消して、君のことを忘れる魔法も同時に使う必要があると思う。
シーは君のことをとても愛していたから、君のことを思い出すだけで、再び『番の呪い』にかかりかねない」
「……ごめんなさい…………」
ナディアはシリウスの兄に謝り目を伏せた。
シリウスの気持ちを受け入れないことで、彼を長く傷付けていたことはわかっていたが、それでもナディアの胸にはいつもゼウスの存在があって、最後はシリウスではなくてゼウスを選んだ。
「もし伝えられるなら、今まで助けてくれてありがとうって伝えて。あなたの幸せを願っていると」
「わかった」
ジュリアスはそう言ってから、こちらを見ていたゼウスに顔を向けた。
「そういう訳だから、今後はできるだけシーには会わないようにしてほしいし、生活圏も重ならないようにしてもらいたい。
記憶を消しても思い出す可能性はあるし、苦しめたくないから…………
もちろん、新天地での生活についてもこちらに任せてほしい。
エヴァンズの勤務地については、三番隊からであればどこへでも行けるし、できればあまり目立たない場所の方が良いとは思うが、君たちの希望にできるだけ添うようにしたい」
「あの、そのことなんですが……」
ゼウスはそこで言い止してから、背筋を伸ばしてジュリアスに改めて向き直った。
「隊長代行、俺は銃騎士を辞めます」
ゼウスの辞職宣言に、ジュリアスは綺麗すぎるすらりとした指を美しい顎に当て、考える仕草をした。
「そうか…… だが俺としては、エヴァンズにはこれからも銃騎士を続けてほしいと思っている。
もし、辞めたい理由が処刑場での一件であれば、どうにでも引っくり返せると思う。
エヴァンズが『悪魔の花婿』だという記事が今朝の新聞に載りかけたが、今は止めている。ずっとは無理だが、早いうちに身の潔白を証明したらいい」
『でも昨日ヤっちゃいました!』とナディアは思ったが、処刑場の時とは違い、この場でそんなことをとても口にはできなかった。
ナディアの膜がもう無いことを身を持って知っているゼウスも、やや目を白黒させて動揺しているようだ。
「そうね、今のジュリアスなら『身体再生の魔法』が使えるから、ナディアの膜を再生させてもらったら?」
狼狽える二人にさらに追い打ちをかけるようなことを言ったのはマグノリアだ。ジュリアスはその件に関しては無言だった。
「……俺はナディアを獣人奴隷にするために言っているのではないよ。ナディアを人間ということにして、そしてエヴァンズは銃騎士のまま、俺たちのように人間社会の中で暮らしたらいい。
血液検査を受けたらいいんだ。血液採取後に、人間だと結果が出るように成分を魔法で変えてしまえばいい。それだけでナディアは人間だと認められる。
まあ、ナディアが人間として生きるのであれば、名前は『メリッサ』になるし、人間と偽るための日々の工作は必要になってくるから、そこら辺は俺が魔法で支援するよ。
以前、『それはできない』とナディアには言ってしまったけど、エヴァンズがこれからも銃騎士を続けてくれるのであれば、そのくらいのことはさせてもらう」
「その支援というのは、その…… 俺が銃騎士でいなければ受けられないものなのでしょうか?」
ゼウスはやはり銃騎士を辞めるつもりのようだ。
しばしの間があった。
「いや、君たちが一年前に不幸にも別れることになってしまったのはうちの父のせいでもあるし……
それに、シーから君たちのことをくれぐれもよろしく頼むと言われているから、銃騎士を辞めるというエヴァンズの決意が変わらなくても、俺が二人の面倒を見るよ。君たちの安全は俺が一生責任を持つ」
「一生……」
ナディアは隣のゼウスから少し戸惑ったような呟きを聞いた。
ジュリアスの庇護下にいられるというのはかなり頼もしい反面、たぶん、生真面目なゼウスの中では、『一生ジュリアスに頼り続けてそれでいいのか?』という思いもあるのだろうと思った。
ジュリアスの世話になるのであれば、『恩返しとして銃騎士を続ける必要があるのではないか』と、ゼウスならばそう考えそうだ。
「銃騎士を辞めても、新しい働き口を紹介することはできると思う。だが、エヴァンズは銃騎士を辞めてしまって、本当にそれでいいのか?」
「俺は二度、ナディアを殺しかけています。俺はもう剣も銃も握りたくないんです。間違っても、三度目なんてあってはいけない。
銃騎士を辞めることは、俺なりのけじめなんです。一切の後悔はありません」
ゼウスの強い意志を宿した碧眼を見たジュリアスは、ただ、「そうか」と返した。
話をまとめると、一番良いのは「ゼウスが銃騎士を辞めて、ナディアが人間の『メリッサ』として、人間社会で暮らす」ということのようだ。
ゼウスはジュリアスの世話になることに葛藤はあるようだが――――
「もう一つ、方法があるな」
ゼウスの決意表明を受けて、また顎に美しい指をやり考えていた様子のジュリアスが、口を開いた。
「もう一つ」というのは、ゼウスが銃騎士に戻る戻らないは別にしても、ナディアが人間『メリッサ』として生きていくという方法や、この場では話し合われなかったが、ナディアがゼウスの獣人奴隷になるという方法以外に、別の案があるという意味のようだ。
「シーがナディアにかけていた、『故郷に帰ると命はない』という『行動制限の魔法』は、昨日の段階で既にシーが解いている。
ナディアの故郷である獣人の里に行って二人で暮らす、という方法も、まあ、あることにはあ――――」
「隊長代行! それです! 妙案です!」
ジュリアスの言葉の途中でゼウスが叫んで立ち上がった。
「俺、獣人の里で暮らします!」
「えっ?」
隣にいたナディアは本気で驚いた。生まれ育った場所にゼウスが来てくれて、一緒に暮らしていけるなら、ナディアとしては嬉しいが――――
「待ってゼウス、ジュリアスではなくて私が二人の面倒を見てもいいのよ。住まいは私の家限定になってしまうけど」
「それだってマグナに迷惑をかけてしまうじゃないか! 獣人の里なら『悪魔の花婿』でも生きていける!」
「妙案だ!」と繰り返し主張するゼウスに、ナディアやマグノリア、発案者のジュリアスでさえも、「もう一回よく考えて」と言った。
ジュリアス曰く、ただ単純に獣人の里で暮らし出せば良いわけではなく、ノエルたちに疑いの目が向けられないためにも、一度血液検査で『悪魔の花婿』ではないと証明することは必須だという。
他にも色々と工作が必要になるだろうという話だ。
しかし、一度決めたら一直線な所があるゼウスが譲らず、押せ押せな空気にナディアが頷いたことで、「とりあえずその方向で考えてみよう」とジュリアスがまとめて、その日の話し合いはお開きになった。




