2 復活愛
ナディアはかつてゼウスに恋をした時のように、ゼウスから眩い後光が差し、彼自身がキラキラと輝いた様に見えていた。
ナディアにはゼウスしか見えていなかったし、ゼウスの声しか届いていなかった。
「ナディア、牢屋で冷たくしてごめん…… 愛してる…… 愛してる……」
ナディアはゼウスの愛の告白を聞き、ゼウスからの思いの込もった抱擁と口付けを受けながら、この世にこれほどの幸せがあったのかと、これまでの人世で感じたことのない強い高揚感と多幸感に包まれていた。
もう二度と手に入らないだろうと、半分諦めかけていた愛が戻ってきた。
愛する人が自分を愛してくれて、互いに思いを伝い合えるということが、常にあるものではなく、奇跡のように素晴らしく尊い時間なのだということを、ナディアは身を持って知った。
ゼウスに拒絶されて、ナディアは生きる意味を見い出せなくなった時もあったが、ゼウスが共にいてくれるなら、何があってもこれからも生きていけると思った。
ゼウスには――本人の意志ではなかったとしても――南西列島で起こった事件で殺されかかっているし、今日も銃で腕を撃たれてしまったし、牢屋での求愛も拒まれたりと、辛い思いは何度かしているが、思いを通じ合わせたことで、何倍にも膨れ上がっていくゼウスとの愛によって、ナディアはゼウスに関する苦しみの全てを昇華して許した。
そして、ナディアと同じように涙を流しているゼウスも、自分と同じ気持ちであることがナディアにはわかった。
ゼウスは昨日牢屋で、南西列島から行方を晦ましてゼウスに会いに来なかったナディアを責めていたが、正体を偽っていたことも含めて、ゼウスはナディアの何もかもを許している様子だった。
「ゼウス、生きる時も死ぬ時も一緒よ。もう離れないから」
「俺もナディアから離れないし離さない。何があってもそばにいる」
獣人と人間の垣根を超えた愛を二人は誓い合った。それは、かつて二人が約束したものの、挙げることのできなかった結婚式で行われる宣誓にも似た言葉だった。
抱き合いながらナディアはゼウスだけを見つめていたが、不意にゼウスの視線がナディアではなくて、その後ろに投げられた。
険しいものとも違う、少し気遣わし気なゼウスのその視線の先を辿れば、顔色も悪くぐったりとした様子で目を閉じているシリウスと、地面の上に座りながらシリウスを抱きしめているノエルの姿があった。
「……シリウス…………」
本当の名前で呼んでほしいと言っていたことを思い出したナディアは、「オリオン」ではなくて彼の真名で呼びかけた。
シリウスが心配になったナディアは彼に近付こうとしたが、ゼウスがナディアを抱きしめる腕に力を込めて阻止してくる。
「行かないで」
「でも、倒れてるし、腕の怪我を治してもらったお礼も言ってない」
「駄目。行かないで」
有無を言わせない感じで言われてしまい、ナディアはその場に留まった。
「兄さんは眠りの魔法にかかっているようです。身体の具合が悪いわけではないのです……」
ナディアの心配そうな視線を受けたからか、ノエルがシリウスの状態を説明してくれたが、ノエルが表情を深く翳らせている様子から察するに、シリウスがただ寝ているだけではない深刻な状態なのではないかと思ってしまう。
『シー兄さんのことは、私たちで何とかしますので、今はこの場を何とか誤魔化してください』
(誤魔化す?)
ノエルが精神感応を使って伝えてきたことも含めて「はて?」と首を傾げているナディアの横では、ゼウスがノエルの言葉を意図を悟り、緊張した面持ちになっていた。
ナディアは狙撃されたために目立っていた。
これまでジュリアスの魔法の使用などで、魔法の存在を知らない銃騎士たちにも「何だか良くわからない摩訶不思議現象が起こっている」と認識はされていた。
シリウスが光魔法を使ってナディアの腕を治療したことについても、不思議がられつつも、「またか」という感じで受け止められていた。
しかし、シドの処刑前に処刑されるはずだった、シドの娘ナディアの存在を忘れていない銃騎士は多い。
レインと共にナディアの捕縛に当たっていた銃騎士は、ゼウスと接吻していた娘が獣人ナディアと同一人物だと気付いていたし、新聞に乗っていたナディアの特徴のない顔写真からでさえも、目の前にいるのがそのナディアだと確信を持って怪しんでいる職務に勤勉な銃騎士も何人かいた。
実はナディアとゼウスが思いを交わし合っている間、広場にいる銃騎士の間では段々とざわつきが広がっていた。
「ゼウスが抱きしめている少女=獣人ナディア=ゼウスの元恋人メリッサ」と気付いていた副総隊長ロレンツォの専属副官ユリシーズなどは、胃痛を感じながらそんな銃騎士たちを抑えていたのだが、遂に抑えきれずに、ちょうど何人かの銃騎士がまとまってこちらに近付いてきていた。




