9 ブラッドレイ侯爵
三人称
シドの処刑後ほどなく、危機的な状況に陥りながらも獣人王シドを屠り、人々の生命を守りきったことを讃えられたマクドナルド・オーキット三番隊長と、ジュリアス・ブラッドレイ二番隊長代行には、国からの栄誉が与えられることになった。
元々伯爵位を持っていたマクドナルドは陞爵され侯爵位が決まり、叙爵されることになったジュリアスには、最初伯爵位が妥当とされた。
しかし、首を刎ねて止めを刺したのはマクドナルドではあるものの、まるで勇者のようにたった一人でシドと戦い続けて獣人王を追い込み、シドを討ち取れたのはジュリアスがいたからこそだった。
シドの遺体の検証結果から、ジュリアスの剣がシドの心臓を完全に刺し貫いていたことも明らかになり、マクドナルドが首を刎ねずともシドは絶命していたはずだとされた。
「最強の男に勝った真の最強の男に最大の誉れを」という国民感情や、マグドナルドよりもジュリアスの功績が大きいのに爵位が下なのはおかしいという議会での指摘や、国民のジュリアス人気にあやかりたかった宰相がジュリアスに侯爵位を授けることで自分の株も上げたかった等々の大人の事情も絡み、結果的には平民からいきなり侯爵になるという、あまり例のない大栄誉がジュリアスに与えられることになった。
それから、亡くなった本人に直接ではないにしろ、ジュリアスを持ち上げることで、ジュリアスの副官であり、婚約者の兄という立場でもある男を追悼する意味も込められていた。
シドの処刑時の騒動で死亡した民間人はゼロだが、殉職した銃騎士隊員が一名だけいる、とされている。
ジュリアスの専属副官だったフィリップ・キャンベル伯爵令息だ。
フィリップは隙あらばジュリアスに近付いてどうにかなろうと画策する令嬢たちを、常日頃から虫がたかるのを阻止するが如く冷たく追い払い続けていたが、死亡の一報が流れてからは、「あの性悪眼鏡も人々のために命を懸けて戦っていたのね……」とその死を悼む声が敵対していた令嬢勢力からも上がるようになり、彼を惜しむ声が国中に広まった。
首都での葬儀の後、フィリップの遺体は彼の故郷まで運ばれることになり、銃騎士隊の仲間たちに出棺を見送られた。
フィリップは故郷の地にて、涙するキャンベル伯爵家の者たちにより手厚く葬られたという。
ブラッドレイ侯爵領は叙勲と共にジュリアスが国から与えられた土地だ。
フィリップの喪が開けた後にジュリアスはフィリップの妹フィオナと結婚し、候爵領に新妻との新居を構えている。
ジュリアスは当初、結婚後はキャンベル伯爵領に住むつもりだったが、叙勲されて土地を与えられたこととと、フィオナの祖母の了承が取れたこともあり、結局はその地に移り住んだ。
フィオナの祖母キャスリンは、ジュリアスとフィオナの婚約当時には、「結婚後は夫婦でキャンベル伯爵領で暮らすこと」という条件付きで二人の婚約を認めていた。
キャンベル伯爵領と首都ではかなりの距離がある。婚約当時はまだジュリアスは二番隊長代行ではなかったが、必ずそこで暮らせなんて縛りは、異動によっては全国各地どこへでも行く銃騎士の仕事のためには足枷でしかない。
キャスリンは「キャンベル家の女帝」と呼ばれるほどのかなりのやり手である。
キャスリンが、「一度は爵位を継いだもののその後返上し、実家のことなど顧みず首都へ行ってしまったフィリップを既に見限っていて、爵位はフィオナの婚約者ジュリアスを婿入りさせて継がせるつもりだった」という説は、時折新聞や雑誌などに書き立てられていた。
キャスリンは最初に会った時からジュリアスを大変評価していた。ゆくゆくはジュリアスに銃騎士を辞めて領主になってほしいと期待もしていたそうだが、侯爵様になってしまった為に諦めたという。
新しい侯爵家の所領を決める際には宗主配クラウスも同席した。
ジュリアスと、追加で所領がもらえることになったマクドナルドの前に地図が広げられ、国から譲れる場所の土地を文官が説明した後、クラウスはどこが欲しいと先にジュリアスに問いかけた。
クラウスは、お気に入りのセシルの実兄ジュリアスに有利なように話を進めたかったようだ。
土地の中にはアンバー公爵家から取り上げた、宝石の原石や貴重な鉱物が多数採掘されて富を生み出す鉱山も含まれていた。
旧アンバー公爵領のいくつかは既に他家に渡っているが、国はその土地を早々には手放さなかった。
褒美などで領地が与えられる際には土地が足りなくなることも懸念され、国は直営の土地をいくつかは確保している。
宝の山である鉱山のあるその土地は永代に渡り国が管轄するとも思われていたが、今回はその土地も出してきた。
武人マクドナルドはぐっと口を閉じてクラウスの差配に意見することはしなかった。
しかし、マクドナルドの視線が地図のある一点を凝視し続けていることは、部屋の誰もがわかっていた。
マクドナルドは貴族になって以降、大怪我をして全く働けなくなったり精神を壊して退役した元銃騎士たちやその家族を引き受けて、自分の領地に住まわせ生活支援などをしていた。
彼らのために領地内に病院も数多く作って設備を整え、高名な医師や技術を外国から大枚を叩いて呼び込んだり、医療費無料などの施策もした。
また、仕事先で獣害孤児を見つけては連れ帰り、面倒を見るために孤児院や学校を作ったり、そのために必要な人材も大量に確保した。
孤児たちの生活費は全額オーキット伯爵家が持ち、当然のように孤児の学費は全額免除である。
マクドナルドは領民には優しかったが、その優しさを維持するためにはとにかく金が足りない。
マクドナルドは財政難の自領を立て直すためにも、その鉱山が喉から手が出るほど欲しかった。
ジュリアスが美しい指で指し示したのは、鉱山を含むその土地ではなく、旧アンバー公爵領でもない別の寂れた場所だった。
「君はまた美しい宝石を選ばないのか。莫大な富を生み出すというのに」
クラウスはそれでいいのかと念を押した。クラウスのその言葉は、かつて自分の娘ジュリナリーゼを伴侶に選ばなかったことも含まれていた。
ジュリアスの答えは変わらなかった。
「私には過ぎた宝石でした。美しい宝石は、真の持ち主の元でこそ輝きを増し、その価値を高めると思います」
ジュリアスは、ジュリナリーゼにはセシルこそがふさわしく、そして、鉱山はマクドナルドが持ってこそ価値を発揮すると答えた。
ブラッドレイ侯爵領は自然に囲まれたのどかな場所なのだが、ジュリアスに縁付くようになってから聖地巡礼とばかりに来訪者が増え、大きな商会も入るようになった。
店や移住者のための家が建てられるなどして街並みも活気付き、人々は皆笑顔だ。
きっとこの先ブラッドレイ侯爵領は目覚ましい発展を見せるのではと思われる。




