5 君じゃなきゃ駄目なんだ
微R15
ナディアはブラッドレイ家の二階にあるシリウスの私室に戻ってきていた。
部屋の中には三人いる。寝台の上に寝かされて相変わらず意識のないシリウスと、ナディアと、そしてジュリアスだ。
この家にはアークとロゼと、それから魔力切れで気絶中らしいシリウスの弟たちもいる。ナディアにとっては慣れない場所での初体験となってしまうが、仕方がない。
一応ジュリアスが魔法で覗き防止とか音漏れのないようにはしてくれるそうだ。
シリウスの勃起障害についても、頼りになる男ジュリアスが自分の魔法で治療すると言った。
ジュリアスは魔法の光属性とやらを獲得したらしく、どんな病でも立ち所に完治させてしまうという神様みたいな力に覚醒めたばかりとのことだった。
ジュリアスが横たわるシリウスに手をかざすと、部屋全体が光に包まれるほどの大量の光が迸った。光が去った後にシリウスを見ても、あまり変化がなく治ったのかどうか不明だが、ジュリアス曰くこれで治ったはずだという。
ナディアとしてはこういうことは自分の心の整理をつけてからと思っていたが、そんな余裕もないほどのかなりの急展開だ。色気も素っ気もない気がするが、とにかく合体しないと死ぬのである。頑張るしかない。
ジュリアスは続けてナディアにも手をかざしてきた。あれ何か怪我とか病気とかしてたっけ? と思いつつ、一度は死んだ身なので何かあるのもしれないと、黙って治療が済むのを待った。
「シリウスは処刑場で魔力節約のために君にかけていた『行動制限の魔法』――――俺たちの秘密を漏らすと死んでしまう禁断魔法を解除していたんだ。通常は魔法の効力が消えても痣だけはずっと残ってしまうんだけど、今の光魔法で君の胸にあった痣は消えているはずだ」
言われて襟元から服の中を覗けば、心臓に近いあたりにあったハート型の二つの痣が消えていた。あの痣は永遠に残り続けるのではないかと思ったこともあったが、それが消えて『呪い』の効果もなくなったのなら万々歳だ。
ジュリアスの魔法の確かな力を目撃したナディアは、きっとシリウスの勃起障害も回復していることだろうと思った。
ナディアは神妙な面持ちで横たわるシリウスをじっと見つめてしまうが、その間も光魔法の治療を終えてもう用は済んだはずのジュリアスが、部屋から出て行く気配を全く見せないことに気付く。
「気にしないで。父のことは仕方がないことだとわかっているから」
ジュリアスはナディアの父親を殺した男である。ジュリアスがこちらを見る視線に気遣わしげなものを感じたナディアは、一言声をかけておくことにした。
「……ありがとう。そう言ってもらえると気が楽だよ」
これから義妹になる相手の父親を殺しているというのはやはり気まずいのだろうと思った。けれどわだかまりを解こうとしてナディアが声をかけた後も、ジュリアスは退出しない。
「シリウスにとっては君こそが唯一無二の番だ。だから、相手は君しかいないんだ。たとえ無意識下でも、シリウスは他の女性に触れられることを絶対的に拒絶して、番う前に死んでしまうと思う。
シリウスはずっと君だけだった。里に潜入する前の交友関係は全て切れてしまっているし、そもそも子供の頃に恋人のような関係になった子もいない。任務のために本来の自分の存在を殺し続けたシリウスには、君以外に仲の良い女性はいないんだ。
どうか弟を愛して、大切にしてやってほしい。
シリウスには君だけなんだ。君じゃなきゃ駄目なんだ」
「私じゃなきゃ駄目…………」
シリウスは、禁断魔法の使用で自分が死んでいたかもしれないのに、それでもナディアが生き返る可能性に賭けてくれた。
自分は、シリウスにそれほどまでに深く深く愛されていたことを思い知るべきなのだと思う。
中途半端な覚悟じゃ駄目だ。直前で怖気付いてできないなんてこともあってはいけない。全力でぶつかってこそシリウスを助けられるような気がした。
「私も、シリウスの深い愛に応えられるように、彼を一生懸命愛したいと思う」
決意を込めてそう伝えると、ジュリアスは少し涙ぐんでから、安心したようにナディアに微笑んでくれた。
「ありがとう。弟を選んでくれて」
そのまま、邪魔者は消えるよとばかりに部屋の出口に向かおうとしたジュリアスだったが、そこではたと立ち止まると、ナディアを振り返った。
「そうだ、良かったらこれ使って」
ジュリアスが魔法で手の中に出現させた小さな瓶を渡そうとしてくる。
ナディアは、以前エリミナに同じようなものを渡された経験があったので、瓶の中身に何が入ってるのかわかった。潤い不足を解消するための潤滑油だ。
ナディアは義兄になる予定の男からの差し入れ品を受け取りつつ、今更だが自分がこれからしようとしている行為のことを考えて赤面した。




