2 とある銃騎士隊員の進むべき道
ゼウス視点
「ゼウス! この剣はお前が持ってろ!」
レインの声が聞こえてゼウスは項垂れていた顔を上げた。
地面に崩折れるように座り込み号泣しているゼウスに向かって、鞘に収まった一振りの剣が飛んでくる。
レインは、獣人姫ヴィクトリア――ゼウスとアテナの命の恩人であり、ナディアを殺したゼウスに罰を下そうとした銀髪の獣人――を、殺そうとしていた。
けれど果たせずに、その後アーク隊長と揉めているようだった。
ゼウスは飛んできたその剣を反射的に受け取った。
この剣は姉の元恋人であり、ゼウスも慕いその強さに憧れていた銃騎士隊の先輩アスターが、レインに託していったものだ。
『あいつ本当は俺じゃなくてゼウスに持っていて欲しかったと思うんだよ』
『いりませんよそんなもの』
レインはその剣をゼウスに渡そうとしてきたことがあったが、ゼウスはすげなく断った。
本当は自分がその剣を持っていたかったけれど、その時はアスターのことを一生許さないと思っていたから、興味のないふりをした。
現在の姉はアスターのことを乗り越えていて、――それでも先のことは全くわからず心配な部分はあるけれど――ノエルと結ばれて幸せになった。
もういい加減、アスターのしたことは水に流して許してもいいんじゃないかと思う。
できれば自分も―――― 取り返しのつかないことをしてしまったけれど、ナディアに許されたいと思っている。
でも、謝りたいのに、彼女はもういない――――――
彼女の亡骸は、恋敵のシリウスと共に消えてしまった。ただの人間でしかないゼウスは、彼らを追いかける術を持っていない。
アスターの剣をゼウスが掴んだ所を見届けたレインも、腕に抱くヴィクトリアと、それから、こんな自分でも生きてほしいと言ってくれたノエルと一緒に、消えてしまった。
レインはヴィクトリアを大事そうに抱えて愛おしそうに見つめていた。
あんな風に女性に接するレインをゼウスは今まで見たことがなかった。きっと、先輩がずっと愛していたのはあの女性だったのだろうと、ゼウスは思った。
ゼウスは、まるで形見のように大事にしていたアスターの剣を渡してきたレインの考えを、理解していた。
(レイン先輩はきっと、銃騎士隊を辞めるつもりなんだろう)
ナディアがいなくなり、いつしか心の拠り所のようにしていた大好きな先輩まで去ってしまって、ゼウスは喪失感に苛まれた。
(大切なものは、いつも俺の前から消えてしまう。姉さんももうノエルのものだから)
ゼウスの胸にあるのは後悔ばかりだった。
あの時、ナディアに向かって銃を構えたりなんてしなければ――――
あの時、意固地にならずにナディアを抱いていたら――――――
底が無いかのように感じられるナディアへの罪悪感と、過ぎ去っていった者たちを思い、ゼウスは頬に涙を伝わせながら嗚咽を漏らす。
ナディアへの後悔を、自分はこれからずっと死ぬまで抱え続けていくのだろう。
どのくらいそうしていたのか、ゼウスは他の隊員たちに声をかけられても、その場に座り込んだ状態から全く動けなかった。
ふと、ゼウスは剣を掴む手の甲に涙が止め処なく落ちているのを、改めて感じた。
「……アスターさん…………」
見つめる先には、一振りの剣がある。
自分の涙が頬を伝い、手の甲に落ちる感触もあった。
自分はまだ生きている。全てを失ったように感じていたが、全部が全部終わったわけじゃない。
ゼウスはアスターの剣を握りしめた。自分がこれからどうしていけばいいのか全くわからないが、まだ失っていないものも確かにあった。
少なくとも、この剣は、ここにある。




