43 『番の呪い』
少しR15
セシルが考えた通り、シリウスは諦めていなかった。
『お父さんとお母さんと離れ離れになって、知り合いもいないこんな場所に連れてこられたら寂しいよね』
ナディアを生き返らせる算段を立てながら、シリウスの中では、十二の時に初めてナディアと出会った時の思い出が蘇っていた。
『でも大丈夫よ! 私がずっとそばにいるからね!』
ナディアがその時言った通り、シリウスが姿替えの魔法を使って獣人王シドのいる里に初めて潜入した時は、バレたら殺されると吐きそうなくらいに緊張したし、なぜここに来てしまったのだろうと自分の決断を後悔したし、心細すぎて本当は家に帰りたかった。
シリウスは里の者たちの誰からも不審がられないように、気に入られて懐に潜り込めるようにと、表情は作っていたつもりだった。
ところが、そんな不安がどこかに滲み出ていたのか、ナディアは少女の姿になっていたシリウスと手を繋ぐと、励ますようなことを言ってきた。
シリウスはその一言に、救われた。
そしてシリウスは、ナディアに『ずっとそばにいる』と言われたその瞬間に、『番の呪い』にかかった。
以降シリウスは状況が許される限りナディアのそばにいた。本来ならば地獄のような場所であるはずの潜入先は、そこにナディアがいてくれさえすれば天国だった。
定期的に「帰ってこい」と言われるので、渋々帰省するその間も、「ナディアちゃんは今日も元気かな?」と魔法で彼女の様子を探っていたし、早く里に戻りたくて仕方がなかった。
シリウスの帰る場所は、「実家」ではなくて「ナディア」一択になっていた。
ナディアの浮気が発覚し、そばにいる約束も反故にされて逃げられて―――― 愛と恨みの詰まった手紙を送って彼女と距離を置こうともしたが、結局は離れられず、『呪い』を解くこともできなかった。
シリウスは、南の島でナディアと離れてからアンバー公爵家に迎えに行くまで、自身の姿は一度しかナディアに見せていなかったが、実の所は四六時中ナディアのことを考えていたし、可能な限りナディアを見つめてナディアのそばにいるように努めていた。
ナディアが一人暮らしをするまでは、『真眼』の魔法使いがそばにいたので手出ししにくかったが、それ以降はシリウスの独壇場だった。
裏切られてもナディアを求める心が収まらずに愛が破裂しそうなったシリウスは、自分の心を慰めるためにナディアの身に着ける下着に変化して、一晩中彼女にへばりついていたこともあった。
ナディアはいつも寝る時は上の下着は外してしまうので、下の下着として彼女の股間に密着していた。
ナディアの体温を直に感じて、まるでナディアと一体化したような多幸感に包まれたシリウスは、これで不能も治るかもしれないと期待に胸を膨らませていたが、朝起きたナディアに「なんだか湿っていて気持ち悪い」と言われて、ゴミ箱に捨てられてしまった。
シリウスは、ナディアが出勤してからもゴミ箱の中で変化した姿のまま丸くなってずっと泣いていた。
姿替えの魔法とは違い変化の魔法は長時間そのままだと元の姿に戻れなくなる。シリウスはそのまま捨てられた下着ゴミとして一生を終えようかと自暴自棄にもなった。
戻れなくなる時間ギリギリで気付いたセシルに回収されて元に戻れたが、宇宙のように広い心を持つセシルからも「同情はするけどちょっと気持ち悪い」と言われてしまい、思い人にも可愛い弟にも揃ってそんなことを言われてしまったシリウスは、変化の魔法解除直後の全裸姿のままで床に蹲り泣いた。
セシルに「これバレたら最初の時みたいに思いっきりぶん殴られる程度じゃ済まなくて、たぶん一生口きいてもらえなくなると思うよ」と言われて、それもそうかと反省したシリウスは、以降は毛布や寝台マットに変化してナディアと眠ることにした。
シリウスは眠るナディアの胸に顔を(毛布だが)埋めて悦に入ったし、寝台マットとしてナディアを受け止めた時は、彼女の重さを感じて至高の時間を味わい尽くした。
けれど不能は一向に治らなくて、シリウスは、ナディアからの愛が自分一人に向かない限りは治らないのだろうなと思っていた。
ナディアへの『番の呪い』は、この愛は、本物だとシリウスは思う。
だって、初めて会ってナディアから励ましの言葉を言われた瞬間――――頭の中にカチカチカチと確かに音がしたから。
ただ、脳内に響く小気味好い音も、シリウスにとっては教会の祝福の鐘が鳴り響くような盛大な音のように感じられた。
獣人は番が出来た時に頭の中で音がする。実例が少なすぎてあまり知られていないが、『番の呪い』の場合でも、それが本物だった時には音が鳴る。
つまりは、本物ではない『番の呪い』の場合は、頭の中で音は鳴らない。
シリウスにとっての『番の呪い』発動のきっかけは、おそらく、「好意を持つ女の子に手を握られて、笑顔で『ずっとそばいる』と言われたこと」だ。
『番の呪い』は元々好意を持つ相手に対してしか起こらないが、好意を持つのと『呪い』にかかるのが同時に起こることもある。
それまで人間の友達も多かったシリウスは、初見では人間に似た容姿のナディアに親近感と安心感を覚えていて、一目見た瞬間から好意はあった。
あれから七年。紆余曲折あっても最後は自分が必ずナディアと結ばれるものだと信じていたのに。
(離れてごめんね。守れなくてごめんね。今度こそ俺の全てをかけて君を守らせてほしい)
ナディアの復活を目論むシリウスはゼウスのことなど最早眼中になかった。
ゼウスの撃った弾がナディアの心臓を撃ち抜いて彼女が死んでしまったことは事実だが、シリウスはゼウスに殺意はなかったと見ている。
シリウスにとってゼウスは憎むべき相手であり、一生友達にはならないと決めているが、ナディアを思うゼウスの気持ちは理解していた。
今回のナディア狙撃事件には絶対に何か裏がありそうだが、探っている余裕はない。今一番重要なことは、ナディアを蘇らせることであり、他は後回しだ。
シリウスは気が充実し、魔力が完全に回復するその時をじりじりと待つ。
ナディアは死なせない。
必ず、蘇らせてみせる――――――
【第二部 本編了】
*連動中*
「獣人姫は逃げまくる…」の「113 心の天秤」
https://ncode.syosetu.com/n3337gf/116/
↑こちらの話と、対になっている「獣人姫…」の同一世界線ヒーローエンド(順次更新)を読んでから、ナディアの各ヒーローエンドを読むことをお勧めします
【エンド分岐案内】
◆シリウストゥルーエンド(「獣人姫…」のレインハッピーエンドと同一世界線)
↓
「獣人姫…」のレインハッピーエンド章の「3 獣人姫と逃げる」
https://ncode.syosetu.com/n3337gf/119/
の1話を読んでから次ページへ
(上の1話を読んでからでないと第二部からの話の繋がりが悪いです)
◆ゼウストゥルーエンド(「獣人姫…」のリュージュハッピーエンドと同一世界線)
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ゼウストゥルーエンド章の「1 目撃」へ
https://ncode.syosetu.com/n5840ho/216/
◆シリウスアナザーエンド(「獣人姫…」のアルベールハッピーエンドと同一世界線)
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シリウスアナザーエンド章の「1 未来を知る男 1」へ
https://ncode.syosetu.com/n5840ho/228




