39 アーク・ブラッドレイという男
アーク視点
ヴィクトリアが放った氷柱がゼウスに当たるその直前、盾の魔法を使ってゼウスを守ったのは、アークの意に背き、ゼウスの姉アテナと婿入り結婚をして名字が変わってしまった三男ノエルだった。
アークは最初、ノエルとアテナの結婚は賛成だった。
他の息子たちが、よりにもよってシドの娘や、「血」にうるさい貴族――次期宗主や貴族令嬢――と結婚したがっていたことに比べれば、肉親が弟しかいない平民のアテナは、人間社会に潜む獣人の結婚相手としては悪くない。
長男や四男の場合とは違って、アテナが既に自分たちの秘密を承知して受け入れているのも好印象だった。
『悪魔の花嫁』になったアテナが外部に秘密を漏らす可能性も低い。一家の秘密が発覚すれば、アテナも自分たちと同様に処刑の憂き目に遭う。
ノエルがアテナを抱いた時点で、彼女と自分たちはもはや運命共同体のようなものだった。
有名人であることは多少気にはなったが、そもそもブラッドレイ家自体が有名人の集まりだったので、目立つのはもう仕方がない。
それにアテナはかなりの資産を持っているから、これから先ブラッドレイ家の正体が世間に露呈して、全員で逃げなければならないような場合には役に立つ。
アークは、ノエルの婿入り結婚自体には不満を持ちながらも、アテナをノエルの嫁として認めたのに対し、ナディアがシリウスの嫁になることだけは、絶対に認めたくなかった。
アークがゼウスを使ってナディアを殺した理由の一つは、この先、子孫にシドの血を引き、その強さや性格まで引き継いだ魔法使いが現れてしまうことを恐れたことだった。
魔法使いは稀有な存在であるはずなのに、自分と妻との間の子供たちは全員魔法が使えた。つまりは、自分の孫やその子供たちの多くが、『獣人の魔法使い』になってしまう懸念があった。
ジュリアスがシドに勝てたのはいくつかの好運が重なっただけにすぎず、いわば「運」だった。
もしもシドが魔法を使えていたら、絶対に勝てなかった。
シリウスとナディアから繋がる系譜が、シド並みに強くて残虐で魔法が使えたら、間違いなく世界が滅ぶ。
その可能性を阻止すること、それが、『獣人の魔法使い』を生み出してしまった始祖とも呼べる自分への課題だと思っていた。
アークは息子たちの手綱を常に握っていたかった。そこから離れようとするノエルの動きについては未だに根に持っているわけだが、シリウスも自分から離れようとした。
アークにしてみれば、その原因となったナディアは消さなければならない憎き相手だった。
だから思い人に殺されるという残酷な方法で殺してやった。
シリウスもナディアの死をこの世の終わりのように嘆き悲しんでいるが、自慢の息子以外の男を愛している許し難き女への恋など早々に終わらせた方がいい。
シリウスは自分を恨むだろうが、所詮シリウスは獣人だ。他の女と番えば、きっとナディアへの思いも忘れてしまうだろう。
目の前では覚醒したヴィクトリアの激しい魔法攻撃が展開されていた。
突然、ノエルがアークに向かって鋭い視線で睨み付けてきたと思ったら、直後にノエルの盾の魔法が緩んだ。
ノエルの結界が崩れかかる寸前、アークは得意の火魔法でヴィクトリアが作り出した氷柱を砕いて溶かした。
アークが新たに構築した盾の魔法により、ノエルとゼウスは無事だった。
ノエルは、アークの盾の魔法は無用だとばかりに、自身でも盾の魔法で再び結界を作り直しながら、尚もこちらを睨んでいる。
ノエルもまたナディアと交流があった。ノエルはアークの所業に気付いたようだ。
しかし、アークはその視線を軽く受け流した。
それから、ナディアの亡骸を抱きしめて、壊れそうなほどに号泣している次男シリウスに構うこともなく――――
アークは魔法の力を覚醒させてしまったヴィクトリアを見つめた。
↓連動中(実質的次話)↓
「獣人姫は逃げまくる…」の「111 命の危機」
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