30 ノエルの告白
時間軸はシドの処刑前日の夜です
最後にどんでん返しです
ゼウス視点→ノエル視点
牢屋でナディアと別れた後、ゼウスは銃騎士隊の独身寮まで戻ってきていた。
後ろから追いかけてきたレインが散々ナディアを受け入れるようにと言っていたが、ゼウスはずっと無視し続けた。
「まだ時間はある。考えが変わったらすぐに――――」
眼前でゼウスが部屋の扉を閉めてしまっても、レインは怯まずに何かを言っていたが、ゼウスは聞かないようにして浴室まで一直線に向かった。
隊服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。浴室から出たら隊服も洗ってナディアの痕跡をすべて消してしまおうと思った。
シャワーから出しているのは頭を冷やすために冷水だった。
――――今更、戻れるわけがない。
(もう何も考えたくない)
水を被り続けるゼウスはまるで修行僧のようにナディアへの未練を断ち切ろうと努めた。
それでも、ずっとナディアのことが頭から離れない――――
「いつまでそうしているつもりですか? 風邪を引きますよ」
どのくらいそうしていたのか、水を被りすぎて身体の表面の感覚がなくなってきた頃に、浴室内に突然声が響いた。
驚いて振り返れば、誰に対しても丁寧語を使う、ついこの間義兄になったばかりの、灰色の髪を持つ超絶美少年ノエルが、浴室内に突然現れていた。
「ノ、ノエル…… なんで……」
寮の部屋の鍵はレインが侵入してこないようにきっちりと閉めてきたから、ノエルは魔法を使って入り込んだのだろう。ゼウスはいきなり現れたゼウスにびっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。
ブラッドレイ家が魔法使いの一家であることは、ナディアと別れるきっかけにもなった南西支隊でのあの一連の事件の時にゼウスも知った。
「驚かせてすみません。ゼウスに大事な話があって、リビングで待っていたのですが、ずっとお風呂に入りっぱなしで全然出てこないので、心配で来てしまいました。
ゼウス、あなたにどうしも話しておかなければならないことがあるのです。とても大事な話です。シャワーと身支度が終わるまでお待ちしていますから、私と一緒に来てください」
ノエルがとても真剣な表情をしていたから、ゼウスはノエルが突然風呂場に現れたことへの驚きが抜けないながらも、ただ、「わかった……」とだけ返事を返した。
ノエルに連れてこられたのは姉アテナの家だった。南西支隊に移動になるまではゼウスもこの家で姉とノエルと一緒に暮らしていたが、今年の人事異動で首都に戻ってきてからは、彼らとは暮らさずに銃騎士隊の独身寮で生活をするようになった。
恋人同士になった姉とノエルを邪魔したくなかったのも一つではあるが、もう一つは、以前とは違って、ノエルと一緒にいると居心地の悪さのようなものを感じるようになってしまったからだ。
(ノエルは、あの男に似ているから――――)
姉の家に来るのも実に久しぶりだった。姉がノエルの子供を妊娠したと知ってからは、余計に足が遠のくばかりだった。
通されたのは姉の家のメインリビングだ。姉のアテナは既にソファに座っていて、ゼウスの訪れを待っていた。
「ゼウス、ナディアちゃんがね――――」
「姉さん、その話はよしてくれ」
アテナはゼウスの顔を見るなり、開口一番彼女の名前を出してきたが、ゼウスはすぐさま話を遮った。
アテナは彼女の正体が発覚してからは、偽名の「メリッサ」ではなくて「ナディア」と呼ぶようになっていた。
首都に帰ってきてからは姉に引きずられてゼウスも「ナディア」と呼ぶことが多くなっていたが、ゼウスはその度にナディアの話はしたくないとアテナに言い続けていた。
しかし、いつもならすぐに引き下がる姉も、今日ばかりは引き下がらない。
「ゼウス、ナディアちゃんの奴隷主人になる話を断ったんですって? ずっと探していたのにどうして?」
「姉さんには関係ないだろう」
「関係なくはないでしょう。とにかく座って」
「悪いけど、話っていうのがそのことなら俺は帰るよ。話すことなんて何もない」
「いいえ。話はそのことだけではありません」
踵を返しかけるゼウスをノエルが止めた。
「私が一番に話したいのは、そのこととは別のことです。お願いですから、私の話を聞いてください」
先程浴室で見かけたように、ノエルがすがるような表情を向けてくるものだから、ゼウスは最近ノエルを避け気味だった罪悪感もあって、躊躇いながらも最終的には頷いていた。
******
ノエルは、ゼウスにはずっと隠し続けていたブラッドレイ家の秘密をここで明かすつもりだった。
アテナには交際が始まる前に打ち明けて、ありのままの自分を受け入れてもらえたが、ゼウスには未だに話せていなかった。
今回、ナディアが捕まったことは、ノエルがゼウスに秘密を話す覚悟を決めた一つのきっかけだった。ナディアを拒むゼウスの気持ちを、受け入れる方向に持っていくためには、自分たちの真実を話すことが必要だと思った。
あの父のことだから裏の裏を掻いて何が何でもナディアを断頭台へ送ることも有り得そうで、次兄を裏切る形にはなってしまうが、とにかくナディアの命を助けるためには、父が納得する方法で救うのが一番安全だと思った。
それから、話すことを決めたもう一つのきっかけは、子供ができたことだ。
ノエルも我が子を全力で守るつもりだが、事情が事情なだけに身内に対していつまでも隠し通せるものじゃない。子供が分別がつく年齢までゼウスとは離れて暮らすことも考えたが、できれば自分たちのことを理解してほしいという気持ちもあった。
アテナはゼウスが激怒するかもしれないと懸念していたが、話すこと自体には賛成してくれた。
自分たちの結婚は世の中に対する裏切り行為だが、アテナはせめて、弟に対してだけは誠実でありたかったのだと思う。
激怒されることも、もしかしたらこちらを殺そうとしてくる可能性も、事態がより悪化してしまう危険性も、すべては覚悟の上だ。
(私にはゼウスに真実を伝える義務がある)
南西列島でゼウスと次兄が見えて以降、ゼウスが自分を避けがちであることはノエルも気付いていた。子供ができてからはそれがより顕著で、かつてこの家で親友のように過ごしていた日々が嘘のようだった。
こちらの正体を受け入れるか否かは結局はゼウス次第ではあるが、ノエルはできることなら、ゼウスと本当の家族になりたかった。
仕切り直すように全員がソファに座り、お茶でも淹れようかと言うアテナをノエルは制した。
「ゼウス、まずは先に謝らせてください。私はあなたをずっと騙していました。長い間真実を隠してあなたのそばに居続けた私の罪は、とても深いものです」
突然の謝罪にゼウスは困惑気味だ。
「…………ノエル、それはどういうこと?」
しばしの沈黙の後に、ノエルは意を決して口を開いた。
「ゼウス、私は人間ではありません。獣人です」
獣人姫の方で秘密が解禁になりましたのでこちらでも解禁です
獣人姫の「102 ブラッドレイ家の秘密」の後書きに補足があります
https://ncode.syosetu.com/n3337gf/105/