18 誘拐事件 2
暴力表現がありますのでご注意を
室内の壁紙は破れかけ、埃が舞っているような荒れた部屋の中、服がビリビリに破かれて意識のないエリミナに群がる三馬鹿と、縛られて床に転がっているアーヴァインがいた。アーヴァインはエリミナと違い意識はあるようだったが、暴行を受けたようで服は汚れ頬は腫れて口から血を流していて涙も流している。
(愛する者の前で女を犯すのは父様もたまにやっていたけど、人間もえぐいことをするみたいね)
エリミナの片膝あたりが布で雑に巻かれて血がかなり滲んでいた。この場の残り香を探れば、薬品による失神から目を覚ましたエリミナは逃げようとして、けれど三馬鹿の一人に銃で足を撃たれてしまったようだった。エリミナは再び薬品を嗅がされて眠らされている。
寝台の上には大きな箱型の写真機も置いてあった。卑猥な写真でも撮って脅しでもするつもりだったのだろう。
「駄目だメリッサ! 逃げろ! 誰か助けを呼んで来てくれ!」
躊躇いなく部屋に侵入するナディアに向かってアーヴァインが叫ぶ。
警務隊を呼ばれたらたまらないとでも思ったのか、三馬鹿の三男が寝台から飛び降りてナディアに向かってくる。
ナディアは三男の腹部に一発重めの拳を叩き込んだ。ぐほっ、と蛙が潰れたような声を出した三男の目の焦点が失われ、直後に白目を向いた彼は床に倒れ伏した。
「お、おい! お前っ! 何しやがった!」
三男が倒れるのを見た次男が驚いたような声を上げたあと、ナイフを抜いてナディアに襲い掛かってくる。ナディアは振り上げられたナイフをすっと避ける。ナディアはかなりギリギリの所で避けているので、あと一歩と思って何度もナイフを振り回す次男はナディアがナイフを余裕を持って避けているとは思っていない。
たとえ武器を持っていようと、戦闘訓練も積んだことがないようなひょろひょろの人間相手にナディアが負けるわけがなかった。
ナディアは攻撃に転じた。ナディアが次男の顔を数回殴ると、次男の顔は赤く腫れ上がった。最後に勢いをつけて回し蹴りを決めると、次男がくるくると回転しながら壁に激突した。壁が破壊され、大きな穴が空いて隣室と続き部屋になった。
直後、グギ、と嫌な音と共に絶叫と銃声が響き渡った。銃弾はナディアではなく天井を通過している。銃を向けられていることに気づいたナディアがいち早く動き、長男の手首を掴んであらぬ方向に折り曲げていたのだった。痛みに喚き続ける長男の腕がさらに曲がり、銃口が頭に突きつけられる。
「エリーを撃ったのはあんたでしょ? 撃つのが好きなのね。自分の頭も撃ってみる?」
「ひいいっ! ごめんなさい! 許してくださいごめんなさい!」
長男は必死で銃口を外そうとしているが、ナディアの力には抗えないようで銃は元の位置から全く動いていない。
「私知ってる。あなたたちみたいに相手が死ぬかもしれないのに構わず攻撃できるような奴らは、口でいくらごめんなさいなんて言った所で結局はその場しのぎで真実全く心なんてこもってないってこと。私が隙を見せたらあなたは手の平を返してすぐにでも私を撃とうとするでしょうね。
あなたたちはもう取り返しがつかないような奴らで、いくら反省を促しても無駄なのだから、せめてエリーとアーヴァインが味わった恐怖と苦しみと痛みをあなたも味わってみるべきだと思わない?」
――――カチャ
ナディアが銃の安全装置を外すと、長男の股関のあたりの衣服がじんわりと濡れていく。
「ごめんなさいもうしません! もう二度とエリーたちには手を出しません近づきません本当です誓いますから殺さないでくださいお願いします本当にお願いします」
「本当にもう二度とエリーとアーヴァインに手を出さないって誓える? 本当に本当に約束できるなら見逃してあげてもいいわ。金輪際エリーに変な気は起こさないこと。エリーたちの背後には私がいるってこと、忘れないでね」
「は、はいっ」
「もし約束を破ったらこうなっちゃうからね」
ナディアは銃の引き金を引いた。
銃弾は長男の髪の毛をわずかに掠めて焦がしながら背後の壁を撃ち抜いたが、長男はそのまま失神した。
ふう、と息を吐き出したナディアは次男が落としたナイフを拾い上げ、エリミナの両手を拘束していた縄を切った。エリミナは顔色を悪くしながら意識を失ったままだ。膝の布を解いて傷口を確認するがちょうと膝の関節を撃ち抜かれているようだった。まだ出血は止まっていない。
(こんな状態で放置したら命にかかわるじゃない。本当に三馬鹿だわ)
ナディアは巻かれていた布をきつく縛り直した。
(早く医者に診せないと)
次いでアーヴァインの拘束を解こうと彼を見れば、アーヴァインは顔面蒼白になってこちらを見つめながら小刻みにブルブルと震えている。
エリミナは意識を失っていたが、アーヴァインは三馬鹿とのやり取りの一部始終を見ていたのだ。ナディアは今更ながらはっとした。
(ちょっとやりすぎたかな。獣人ってバレたらどうしよう…………)
「あ…… あ、あ…………」
アーヴァインは怯えたようにしながら何かを言いたそうにしている。
ナディアはこの後どうしようと緊張しつつ、とりあえずアーヴァインの両手と両足の縄を切った。
「姐さん!!」
縄がはらりと落ちた瞬間、アーヴァインが叫びながらナディアに抱きついてきた。
「ありがとうございます! ありがとうございます姐さん! あなたのおかげでエリーが酷い目に遭わずにすみました。姐さん強すぎです! あいつらをボコボコにしたのすごかったです! どこの流派の格闘術ですか?! 是非俺を姐さんの舎弟にしてください!!」
「え…… いや、あの……」
アーヴァインはナディアの一つ年上なので、それまで名前は呼び捨てだったし敬語も使ってはこなかった。それなのにいきなりの姐さん呼ばわりに敬語に舎弟志願はちょっと困った。
その後エリミナの屋敷の者たちや警務隊がやって来てエリミナたちは保護され、三馬鹿は捕まった。ナディアが告げた目撃情報から三馬鹿がよく出入りしている空き家が浮上し、捜索しに来たらまさにその場所に被害者加害者が揃っていたというわけだった。
しかし犯人たちは全員のびている。後先考えずにやってしまったのはナディアだが、そこから獣人だとバレたらどうしようと内心冷や冷やした。
しかし捜索が家に入る直前、アーヴァインに「私が腕っぷしが強いってのは恥ずかしいから黙っていて!」とお願いした所、「姐さんの命令は絶対っす! ウス!」とだいぶおかしくなった口調で返されて、彼はその言葉通りナディアが三馬鹿をボコボコにしたことは黙っていてくれた。
アーヴァインの機転で、三人は突然自分たちで内輪揉めをし出して殴り合いを始めてああなったと主張した所、彼らが違法薬物に手を出していたことが発覚したこともあり、すんなり信じてもらえた。
三馬鹿は「俺たちは幻覚なんか見ていない! あの茶髪の女に殴られたんだ!」と言っていたらしいが、「女の子一人で男三人に勝てるわけがないだろう」と全く信用してもらえなかったそうだ。
本当のことを言っているのに信じてもらえないのはちょっとだけ可哀想かなと思ったが、身から出た錆だろう。普段から信用に足る行動を取っていれば信じてもらえたはずだ。