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その結婚お断り ~モテなかったはずなのにイケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~  作者: 鈴田在可
第二部 修羅場編

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29 何者

引き続きロレンツォ視点

「総隊長、私は下に行きます。総隊長はここに残って総指揮をお願いします」


「ロレン……」


 仮面のせいで上半分の表情は見えないが、グレゴリーは声に心配そうな響きを乗せてロレンツォの愛称を呟いた。


 グレゴリーとは幼い頃からの付き合いだ。昔からそうやってグレゴリーはロレンツォを愛称で呼び、家族のように接してくれた。銃騎士を目指したのもこの人の影響だ。


 グレゴリーも行くなとは言えない。銃騎士は獣人から人々を守る盾であらねばならない。


「ロレン様っ!」


 ユリシーズと連れ立って歩き出そうとしたロレンツォを、後ろから呼び止める者がいた。


 振り返れば、逃げる人影も徐々に少なくなり始めている観客席の中を、朱色の隊服に見を包んだ黒髪の青年が駆けてくるのが見えた。


「ケント……」


 誰もが出入り口を目指して移動する中、人の流れに逆らうように現れたのは、近衛隊副隊長であり宗家第五位フォレスター公爵家の次男であるケント・フォレスターだ。


 二歳下であるケントとはやはり幼馴染で、昔からよく懐かれていた。ロレンツォにとってケントは弟分のような存在だった。


「どうした?」


 近衛隊員は宗主一家や宗主継承権保持者たちの護衛が任務だ。ケントは先程クラウスと共に場を離れたはずだった。


 ケントはその問いにはすぐには答えず、ロレンツォの足元に跪いて頭を垂れた。


「おそばにおります」


 ロレンツォはその言葉でだいたいの意味を察した。


「必要ない。私の宗主継承権は第十一位だ」


 近衛隊が守護するのは宗主一家に加えて宗主継承権第十位までの者と、宗家と呼ばれる旧王家との血の繋がりで順番が付けられる公爵家の、第五位までの当主と後継者のみだ。


 以前はロレンツォも近衛隊の護衛対象だったが、長姉の孫が成年になったことで繰り下がり、対象からは外れている。


「ケント、戻りなさい。クラウス様はあまり良い顔はなさらないだろう」


「クラウス様の護衛には充分な人員がおりますし、大丈夫です。近衛隊長の許可も取ってまいりました。ロレン様もバルト公爵家の大事なお方ですから」


 ロレンツォは七人姉弟の末っ子だが、男子はロレンツォと兄の二人だけだ。歳の離れた兄には未だに子ができず、ゆくゆくはロレンツォか彼の子供が爵位を継ぐだろうと言われている。


 貴族の爵位継承は男子が基本だが、宗主については女性の継承権も認められている。ロレンツォの長姉は兄とロレンツォがいる限りバルト公爵家の爵位が巡ってくることはないだろうが、宗主継承権についてはロレンツォよりも上の位置にいる。


「お前はバルト公爵家の私兵ではないだろう。自分の職務を果たしなさい」


 兄に子供がいない状態でもし自分に何かがあったとしても、公爵位はまだ見ぬ我が子か、もしくは長姉かその子が継げばいい。直系の男子がいない場合は、手続きをすれば女性でも爵位は継げる。


 家に残った姉は長姉と四姉だけだが、長姉には孫までいるし、叔父と叔母と、果てはその子供たちもいる。宗家第二位バルト公爵家が後継者に困るということはない。


 それにロレンツォはこの弟分を死地に連れて行きたくはなかった。ロレンツォの脳裏にはケントの妻の姿が浮かんでいた。


 渋い顔をしているロレンツォにケントが言葉を重ねた。


「言い方が良くなかったようですね。ロレン様は俺にとって大事なお方だからです。守りたいのです」


『近衛隊を選んだのはロレン様を守れることも理由の一つです』


 まだお互いに十代だった頃に、生物学専攻の勤勉な学生だったケントは、いきなり進路を大幅に変更し、近衛隊員になりたいと言い出した。


 両親があまり良い顔をしないので、先に銃騎士隊に入隊していたロレン様からも両親を説得してくれないか、と頼まれたこともあった。


 本人の希望ならと協力したが、危険度が違うとはいえ、自分と同じ銃騎士隊を選べばずっと近くにいられるかもしれない。なぜ近衛隊なのかと聞いた所、一つはそんな理由が帰ってきた。


 小さい頃のロレンツォはあまり身体が大きくなくて、『俺がロレン様を守ります』はケントの口癖だった。

 ロレンツォは元々筋肉が付き辛い体質のようで、銃騎士養成学校に入校してからも様々に困難な場面はあった。


 それでも銃騎士として遜色ない程度には鍛えているので、もう守ってもらう必要はないはずだが、ケントからしたら昔の印象が消えないのかもしれない。


 ロレンツォがまだ宗主継承権第十位以内だった頃、近衛隊の護衛としてやって来るのはいつもケントだった。ケントはロレンツォの仕事中も私的な時間(プライベート)でもたいてい張り付いていたので、もしも彼がいたら、元副官も変な気は起こさなかったのではないかと思う。


 それから、ケントが語ったもう一つの理由――――――


『臆病者だと思ってもらって構いません。俺は獣人とは戦いたくないのです』


 なぜ近衛隊なのか。なぜ銃騎士隊ではないのか。


 銃騎士隊を選ばない理由を尋ねたケントの二つ目の理由がそれだった。


 今ならば、ケントのその気持ちに自分も寄り添える。


(私だってできることなら、獣人とは戦わずに、別の道を探したいと思っている…………)


 ロレンツォは胸に宿る思い隠しながらケントに微笑んだ。


「ありがとう。ケントの気持ちは嬉しい。だけど…………」


(既に私は裏切り者なんだ。守る必要はない)


 そう言いたいが、言葉には出せなかった。


 ロレンツォは代わりに、両手に嵌めていた愛用の白い手袋を外した。


 正装用の白い手袋だが、銃騎士隊副総隊長として式典や格式張った場に呼ばれることの多かったロレンツォは、一般の隊員たちよりも手袋を使う場面が多い。手首のあたりには妻が入れてくれた刺繍もあって、自分の身体の一部にも似た、大事なものだ。


「ケント、頼みがある」


 ケントはクラウスに睨まれるかもしれないのに、それを押して自分の元へ来てくれた。思い込んだら一直線な所があるケントに、今ここで来るなと言っても、華麗に無視して付いて来る気がした。


 だから、役目を任せることにした。


「この手袋を、妻に」


 意味がわかったのだろうケントは、少し目を伏せるようにして躊躇っていたようだが、ややあって手を差し出し、恭しく手袋を受け取った。


「……どうか、ご無事で」


 ケントは思い詰めたような表情になり、目は充血していた。置いていくことを申し訳なく思ったが、もし銃騎士隊が全滅しても、ケントには生きていてほしいと思った。


「総隊長、笑っている場合ではありませんよ」


 踵を返そうとしたが、視界の端で総隊長の口元が笑んでいるのが見えてしまい、ロレンツォは僅かに眉を潜めながら咎める声を出した。


「いや、すまない。何というか…… お前が俺に一番似てると思ってな」











『レン、すまないが頼みがある』


 ユリシーズと共に広場に続く階段を降りていると、脳内にジュリアスの声が響いた。精神感応テレパシーだ。


「ジュリ、どうした?」


 精神感応にそのまま声で返すのは、周囲の者にとっては独り言のように思えて奇異に感じる所だろうが、ロレンツォの専属副官であるユリシーズは、ブラッドレイ家の魔法については承知している。


 それに、魔法の使えないロレンツォが返事をする方法は、これしかない。こちらに語りかけているジュリアスは、おそらく魔法で自分の言葉を拾っているはずだ。


『怪我人が多く出た。魔法で致命傷にはならない程度には治療したが、完全ではない。倒れている者たちを速やかに運び出して治療してくれ』


「わかった」


『それから、広場にいる銃騎士たちを全員退避させてくれ』


 ロレンツォは驚きを禁じ得ない。


「待ってくれ! シドの討伐を諦めるということか?! シドを自由にしたら首都が焼け野原になるぞ!」


 撤退にも聞こえる言葉にロレンツォは抗議した。


 シドはしつこい男だ。恨みは絶対に晴らしに来る。


 ここで息の根を止めない限り、とんでもない被害が出るだろう。だからこそ、ロレンツォも決死の覚悟で加勢しに来たのだ。相打ちでも構わない。この場で確実にシドを殺さなければ、大勢の者たちが死ぬ。


『いや、シドは必ず倒す。この命に替えても』

 

「まさか……! ジュリ! 死ぬ気じゃないだろうな!」


 今自分が思ったことと同じようなことをジュリアスが言うので、ロレンツォは青くなった。


 ちょうど観覧席内部の階段を降りきった所だったので、ロレンツォは処刑場広場に出た。開けた視界の先では、楕円体に似た形の巨大な暗黒の闇が広がっていた。


「ジュリ! その中にいるのか!?」


 ロレンツォは叫びながら、全速力で球体のそばまで駆けた。後ろからはロレンツォの常にない様子に驚いているらしきユリシーズが、「ロレン様!」と言いながら追ってくる。


『俺も死力を尽くしてみるが、駄目だった時は――――』


「馬鹿なことは考えるな!」


 ロレンツォは目の前にある闇の壁を叩いた。壁からは冷たさも温かさも何も感じられない。この世のものではない禍々しさだけを強く感じた。


『これ以上の犠牲は出したくない。最小限にしたいんだ。すまない、レン』


 犠牲は出したくない――――


(他の銃騎士がシドと戦うことで出る犠牲を完全にゼロにしたいのか)


 完璧主義が過ぎるが、だから遠ざけろと言ったのだろう。しかし、本人もわかっているのかもしれないが、獣人王シドと一対一で戦うなんて、自殺行為だ。


 最小限の犠牲とは自分自身を指していることに他ならない。


「ジュリ! 考え直せ! 他に方法はないのか!?」


 止めなければ。しかしいくら壁を叩いても呼びかけても、返事はなかった。


「ジュリ!」


 ジュリアスは闇の中に閉じこもってしまって、出てこない。


(なぜこれほどまでに頑なになるのか)


 ロレンツォはシドの処刑前のジュリアスの様子を思い出す。


 弟のシリウスが作戦を抜けて、もう家族でもないし戻るつもりはないと言っていた、と語るジュリアスは、珍しくも酷く落ち込んでいた。


 ロレンツォはジュリアスを励ました。「きっとシリウスも帰ってくるだろう。私もお前のそばにいるから落ち込むな」と。


 しかし、自分ではジュリアスの半身にも等しい弟の代わりにはなれなかったのだろう。


 弟の絶縁宣言がジュリアスの中に大きな影を落としている。彼をその闇から救い出せる存在は、当のシリウスと、それからもう一人いる。


 だが、()()がどこにいるのかは、ロレンツォも知らない。


 探している時間はない。


 シドとの一騎打ち。銃騎士隊歴代最強と呼び声が高いジュリアスでも、きっとそんなに長くは保たないだろう。


 シリウスが戻って来るか、本人が思い直すように説得し続けるしかない。


「ジュリ! 死ぬな! 私を置いて行くな! 私はどうしてもお前に面と向かって言わなければならないことがあるんだ!」











 たとえお前が何者であっても、私はお前と共に在りたいのだ、と。












ケントはゼウスが南西列島へ旅立つ駅の所でちょこっと出てきた人です。「変態おじさん」の方の前半部にも出ています。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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