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27 愛していると言わなかった女

ジュリナリーゼ視点

一部暴力表現注意

「駄目っ! セシル!」


 拘束を解いたシドが貴賓席に向かって、自身が張り付けられていた金属製の柱を投げ付けていたが、寸前でアンバー公爵家シャルロットの夫ユトにより大惨事は免れていた。


 貴賓席を含む観客席は一気に恐怖と混乱に陥っていた。そんな中、処刑場広場の中央では暴れ回るシドとそれを抑え込もうとする銃騎士隊の衝突が始まっていた。


 柱が貴賓席に投げられた瞬間、ジュリナリーゼは、シドが処刑場に入場する直前に隣の席に現れた婚約者セシルに抱きしめられていた。セシルが遅れてきたのはシドの拘束のために彼の魔法が必要だったからだ。


 ユトのおかげで一旦の脅威が去り、戦闘が始まりかけている広場へ向かおうとするセシルを、ジュリナリーゼは止めた。


「駄目! 駄目っ! 行っては駄目! 殺されてしまうわ!」


 広場では既に血が流れていた。シドが拘束していた鎖を振り回し、避けきれなかった何人かの銃騎士たちが怪我を負い倒れていた。セシルの兄であるジュリアスが、魔法ではなくて剣で攻撃を仕掛けていて、頻回にシドに接近してまるで囮にでもなっているかのように戦っているが、一歩間違えばジュリアスも倒れている隊員たちの二の舞いになるだろう。


 今この会場で一番死に近い場所にいるのは間違いなくジュリアスだった。魔法が使えるとはいえ、一瞬の判断が命運を左右してしまう。


 ジュリナリーゼも広場の状況はわかっていた。ジュリアスが危ないし、シドを抑え込むためにはどうしたってセシルの力が必要だ。


 けれど魔法ならすぐそばに行かなくても使えるはずだし、ジュリナリーゼは、セシルに命のやり取りが発生する場所に行ってほしくなかった。


 ジュリナリーゼはこの修羅場――――こんな土壇場になってようやく気が付いた。


 ジュリナリーゼにとっては、振られても忘れられずにずっと愛していた(ジュリアス)よりも、落ち込んでいる時は必ず現れていつも近くで自分を支え続けてくれて、底なしのような愛を捧げてくれた(セシル)の方が大事だったということに。


 兄たちに劣らず、戦闘能力だって高すぎるセシルが参戦した方が勝算は上がるのはわかっているのに、行かせなくない。


 何人の銃騎士の血が流れようと、たとえジュリアスを失うことになったとしても、セシルにだけは生きていてほしかった。


 自分は酷い女だと後ろ指を指されても構わない。セシルが最愛なのだと気付けなかった愚かな自分への罰だ。きっと自分は次期宗主にはふさわしくないのだと思う。


 民を一番に思うのではなく、己の最愛の男の無事を一番に願うとは、宗主失格。


 次期宗主はきっと姉が継ぐべきなのだと、今でもそう思っている。


 ジュリナリーゼは宗主ミカエラの次女だが、亡くなったことにされている彼女の姉は実は生きている。姉はジュリナリーゼに次期宗主の座を押し付けて逃げてしまった。






 姉は逃げられたのに、どうして私は逃げてはいけないの?


 最愛の人の無事を一番に願ってはいけないだなんて、そんな生き方はしたくない。


 全国民を敵に回してでも、私は愛を貫きたい――――






「行かないわけにはいかないよ。わかるよね?」


 自分の方が年上のはずなのに、セシルに諭されるように言われて、ジュリナリーゼはかたくなな幼子のように首を横に振った。


「わからないわ! 嫌よセシル……!」


 頭の切れるセシルを理屈で説得できるわけがないし、元よりジュリナリーゼの主張に理などない。ただただ自分の思いで止めるしかないと、ジュリナリーゼはセシルを行かせないようにしがみつき続ける。


 しかし、幼い頃から淑女たれと教育されてきた、宗家第一位ローゼン公爵家の姫であるジュリナリーゼの力を抑え込むことなんて、セシルにしてみれば赤子の手をひねるより簡単なことだった。


 セシルはすぐにジュリナリーゼの拘束から抜け出して、逆に彼女を抱きしめた。


「リィ、大丈夫だよ。心配しないで」


 セシルがこれほどまでに優しく慈愛に満ちた声音で語りかけるのは、きっとジュリナリーゼだけだろう。


「死なせはしない。ジュリ兄――リィの一番大切な人は、俺が必ず守るから」


 ジュリナリーゼはその言葉を聞いて衝撃で目を見開いた。セシルは当てこすりで言っているのではない。兄弟であることを越えた所で、本気でジュリナリーゼ(最愛の人)ジュリアス(最愛の人)を守ろうとしていた。


 セシルの愛は献身だ。自分のことは二の次で、これまでだってジュリナリーゼの心を守ろうとしてきた。もうジュリアスの愛が二度とジュリナリーゼの手には入らないものだと知っていたからこそ、セシルは彼女のためなら何でもやった。必要とあれば自分の初めてを捧げることも厭わなかった。


 セシルの最愛はずっとジュリナリーゼで、それは彼女の心の中に別の男が住み着いていたとしても変わらなかった。


 ジュリナリーゼは、セシルが全てを呑み込んで自分を愛してくれていたことを、今ここで理解した。


 ジュリナリーゼは衝撃で何も言葉が出てこなかった。


 ジュリナリーゼの「最愛」は伝わっていなかった。


 それもそうだ。だって今やっと気付いたのだから。


 ジュリナリーゼはセシルに『愛してる』と言われる度に、『好き』とか『大好き』とは返していたが――――


『愛してる』なんて、一度も言ったことがなかった。


「愛してるよ、君だけを永遠に。


 …………ごめんね」


 最後の『ごめんね』はいったいどういう意味があるのか。


 兄を愛している女性を弟が横から誘惑した形になったことを詫びている、というよりも、ジュリナリーゼはセシルが死を覚悟しているようにしか思えなかった。


 別れを予感して詫びているように見えたのだ。


 場は一刻を争う事態で、一番大切な言葉を――――『私も愛してる』という言葉をジュリナリーゼが言うのを待たずに、セシルは行ってしまった。


「セシルっ!」


 セシルはユトが破壊した割れた硝子窓まで走り、そこから飛び降りた。砂埃が舞い上がり、銃騎士隊とシドが戦う喧騒の中心部へと向かってしまう。


 ジュリナリーゼもセシルの後を追って走った。セシルが飛び降りた場所から同じく身を乗り出して落ちていきそうなジュリナリーゼを、そばにいたロレンツォが止めた。


「リゼ! 危ない! よせ!」


 ロレンツォとジュリナリーゼは同じ公爵家同士で比較的年も近く、幼馴染のようなものだった。とある人物の影響で、ロレンツォはジュリナリーゼを『リゼ』という愛称で呼んでいた。


 二人は婚約話が持ち上がったこともあるが、ジュリナリーゼの父クラウスが、バルト公爵家との婚姻を嫌がり成されなかった過去がある。

 

「代わりなんかじゃ……! 代わりなんかじゃなかったの…………! セシルごめんなさい許して……!」


 セシル()の中にジュリアス()の姿を見ていたことは確かだった。他の誰でもない、ジュリアスの子供の頃の面影を強く持ち、髪や眼の色までそのまま同じであるセシルがそばにいてくれたからこそ、全身全霊で愛を伝えてくれていたからこそ、ジュリナリーゼは一世一代の恋だと思っていたジュリアスへの失恋から立ち直れたのだ。


「リゼ!」


 ロレンツォに飛び降りるのを止められている間に、ジュリナリーゼの元に仮面の男が駆けてくる。


 ロレンツォと同じくジュリナリーゼを『リゼ』と呼ぶのは、火傷を隠す為だとして顔の上半分を仮面で覆っている大柄な老紳士、グレゴリー・クレセント銃騎士隊総隊長だ。


「おじさま! お願いです! セシルを助けてください! 特別な力があっても、セシルはまだ十三歳なんです! シドに殺されてしまいます!」 


 グレゴリーは母ミカエラと()()であるらしく、ジュリナリーゼのことを幼い頃から実の娘のように慈しみ可愛がってくれた。


 ジュリナリーゼも、姉ばかり大切にしてジュリナリーゼのことはあまり視界に入っていないのでは、というくらいに事務的な扱いしかしてこなかった父クラウスよりも、グレゴリーの方によく懐き、「仮面のおじさま」と呼んで慕っていた。


「もちろんだ。こんなことになってしまったが、最善を――――――」


 グレゴリーの言葉が途中で止まった。


 仮面の下のグレゴリーの翡翠色の瞳がある一点を注視している。


 ハッとして背後を振り返ったジュリナリーゼは、風が吹いて砂塵が晴れた景色の向こうで、セシルの実父である二番隊長アーク・ブラッドレイの右腕が、肘の関節のあたりでシドにもがれ、高く宙に舞い上がっている様を見た。


「セシっ!!」


 必死な様子で叫んでいるのは、ジュリアスの声だ。


 アークとシドの間にはセシルがいて――――シドの腕がセシルの胸を貫通していた。


 その様子を見てしまって急速に目の前が真っ暗になったジュリナリーゼは、グレゴリーの腕の中で失神した。


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今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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