26 割れ鍋に綴じ蓋
シャルロット視点
「あ、あ…… あの……」
シャルロットはユトに弁解しようとしたが怖すぎて上手い言葉が出てこない。
「バルト様、妻を守っていただきありがとうございました」
底冷えのする怒りを含んだ低い声で礼を言っているが、感謝を述べているような口調では全くないので怖い。シドも怖いが夫も怖い。
何とか命拾いしたようだが、シドはどうしているかと処刑場の中央部に視線をやれば、シドと銃騎士隊の戦闘が始まっていた。
シドが隊員に攻撃を仕掛けようとしている場面で、二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイが彼らの間に入り、攻撃を代わりに受けて躱していた――――
「こちらこそ、貴殿があの柱を蹴ってくれたおかげで助かりました」
さっき響いた轟音は、ユトが金属製の柱を蹴り飛ばして人気のない場所へ落とした音だったらしい。
「ここは危険ですのですぐにお逃げください」
ユトは言われずともそうするつもりだったようで、シャルロットを抱えたまま踵を返しかけたが、走り出す前にシャルロットが声を張り上げた。
「ロレンも一緒に! 早く!」
冷気が、というか、ユトから感じる闇感が濃くなった気がしたが、シャルロットは構わなかった。ユトが一緒にいればロレンツォも安全だと思ったから。
「私はここに残る」
ロレンツォはそれまで緊張した面持ちだった所に僅かな微笑を湛えてそう答えた。
「で、でも……」
「私の身を案じてくれてありがとう。でも仲間が戦ってるから、一人だけ逃げるわけにはいかない」
ロレンツォは気遣わし気な視線を処刑場広場の中央に向けた。
「ロレン……」
「シャル、君と久しぶりに話せて良かった。バルト公爵家とアンバー公爵家の絆は永遠だ。私もここで死ぬつもりはない。生きて、また会おう」
ロレンツォとは婚約解消後にほとんど交流がなくなってしまい、シャルロットもそのことを寂しく思っていたが、絆はまだ生きていると言われて嬉しかった。
「はい。生きてまた会いましょう」
「ユト殿、シャルをどうか頼みます」
「もちろんです。誰よりも幸せにします」
一人だけ発言の論点がずれている気がしたが、ロレンツォとは再会を誓い合って別れた。
初恋の相手との久しぶりの交流に幸せな気持ちになり、ユトに抱えられたまま移動していたシャルロットだったが、「地獄の王」がすぐそばにいることは失念していた。
「シャル様」
耳元で囁かれる低すぎる声になぜか背中を悪寒が走り抜けた。
「次期公爵になる勉強があるからと思って先延ばしにしていましたが、もういいと思います」
「何の話……?」
「後継者ですよ。旦那様のお子様はシャル様だけなのですから、早く作った方がアンバー公爵家のためになります。家庭円満のためにはこれが一番いい方法だと気付きました。
それに妊娠すれば浮気どころではなくなるでしょう? 私の子を産めば、シャル様ももっと私を思って大切にしてくれるのではないでしょうか?」
結婚前はユトに酷い扱いをしていたと思うので、大切にしているとは主張しにくかった。
「う、浮気なんてそんなこと……」
「浮気していないと、他の男に心を持っていかれてなどいないと、私に偽りなく主張できますか?」
そうよ! と言い張れればよかったのだろうが、ユトの雰囲気が怖すぎて嘘もつけない。
「ほらやっぱり…… 私がどれほどあなたを愛しているか、わからせないといけませんね」
静かな怒りを含んだ声で低く囁かれた後――――歯型が残るくらいに強く耳を噛まれた。
ゾクゾクした。
「帰宅したらすぐに――――」
「でも……」
反論は許さないとばかりに、耳に当たる歯の力が強くなって、シャルロットは胸の高鳴りを抑えられない。
ユトが耳元で囁く。
「旦那様はピンピンしていますから代替わりもまだ先でしょう。次期公爵の勉強はほどほどで大丈夫です。私も代わりになれますし、それよりも、私だけを愛する勉強が足らないようですから、たくさん教えて差し上げます。蜜月を楽しみましょうね」