23 援護
ナディア視点→ヴィネット視点
「お知り合いですか?」
ナディアが名前を呟いたのを聞いて、ヴィネットが視線をオリオンに固定させたままで尋ねてくる。
「ええ、あの人は大丈夫よ。構えを解いて」
ヴィネットは言われるがまま鞭を元の場所に収めた。
ヴィネットが武装を解くとオリオンが距離を詰めてくる。
「ナディアちゃん……!」
オリオンは立ち上がっていたナディアの元まで駆けてくると、なぜかしゃがみ込んでナディアのお腹あたりにしがみ付いた。
「ナディアちゃん! ごめん! ごめんね! 俺が悪かった! 俺が間違ってた! 俺は君のそばから離れちゃいけないんだ! 何があっても守るから! ナディアちゃんが死んじゃうなんてやだよ! これからは俺がずっとそばにいるから!」
下半身を拘束されてナディアは動けない。オリオンは号泣し始めていた。
「ナディアちゃんが俺のこと好きじゃなくてもいいよ! 別の奴が好きなままでもいい! 番になれなくてもいいからそばにいさせて! 君がいないと俺は生きていけないんだよぉぉぉっ!」
「ちょ、ちょっと……」
泣き落としが始まった。いきなり現れて号泣する超絶イケメンを見て、近くにいたヴィネットも戸惑っているようだ。
「愛してる! 愛してる! 愛してるぅぅぅー! 俺とエッチしたくないならそれでもいいからぁぁぁっ! 俺のことは下僕か召使いか愛玩動物とかそんな扱いでいいからっ! 一生そばにいさせてくださいお願いしますーっ! ナディアちゃんがいない人生なんて地獄すぎるんだよぉぉぉおーーーっ! 君が死んだら俺も死ぬぅぅぅぅぅぅっっ!!」
騒ぐオリオンの声を聞き付けて、外にいた護衛たちも何だ何だと中に入ってきてしまった。
きっと彼らの目に映っているのは、跪いて号泣しながら愛を請う可哀想な超絶美青年を盛大に振っているように見える、ものすごい悪女の図が出来上がっているのではないかと思った。
「ナディアちゃん! 一生のお願いだから俺と一緒に来てくれ! 君の許可がない限りはちゅーもお触りも全部全部我慢すると誓うから! 番にならなくてもいいから! お願いだから俺と駆け落ちしてくれ!」
「駆け落ち……」
呟いたのはそばで成り行きを見守っていたヴィネットだ。
ナディアはオリオンが泣き出してからずっと戸惑っていた。あの真っ黒な手紙を受け取った日、オリオンを決定的に傷付けたと理解したあの日に、自分の行動をとても後悔して、いつか償いたいと思っていた。
オリオンのことを考えるのなら、そばにいるべきなんだろう。
こんなに泣いて、叫んで…… 確かにこの人は自分がいなくなったら死ぬかもしれないと思った。
でも、ここで「いいよ」って言ったら――――
たぶんオリオンがそばにいる状態では、ゼウスの元へ戻ることはできない。
ナディアはもう一度、もう一度だけ、ゼウスと会って話がしたかった。
都合良く考えてるだけかもしれないが、ヴィネットの話を聞いて、ゼウスの言う『殺したい』とか『ナディアが死んでもいい』という発言は、もしかしたら彼の本心ではないのではないかと、そう思った。
もう一度会って確かめずにはいられない。
ナディアの心の天秤はゼウスと別れても未だに彼に大きく傾いていた。
酷い事をしようとしている自覚はあった。自分はまた、オリオンを傷付けようとしている。
だけど、「一生そばにいる」なんて、守れない約束はしてはいけないと思った。
両方は選べない。
「ごめ――――」
ナディアが断ろうと口を開きかけた、その時だった。
「ナディア様、一緒に行くべきです」
横からヴィネットがナディアの言葉を遮るように口を差し挟んできた。ナディアは驚いてヴィネットを見た。
「ナディア様の不安を煽りたくなくてお伝えしてはいませんでしたが、実は、シャルロット様にナディア様を亡き者にしようとする動きがあります。
メイド仲間の情報網からこっそりと聞き出しました。他の護衛たちは知らない極秘の話です。
私も精一杯お守りさせていただく所存ですが、屋敷の者は手練れも多く、突破される危険性がないわけではございません。
元ハンターの私の所見ではありますが、そちらの方は随分とお強いようですね。おそらく、私や他の護衛たちよりも、ナディア様をお守りする役に適任ではないでしょうか。
私見を述べさせていだだくなら、その方は今少々混乱しておられるようですし、お二人のこれからの関係性をこの場で即決するのではなく、その件に関しては落ち着かれてからじっくりと話し合うことにして、ひとまずは身の安全を最優先とし、お二人でここから逃げるのがよろしいかと存じます」
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ヴィネットは嘘をついた。
現在、シャルロットがナディアを害そうとしている動きなんてない。
これはシャルロットの側仕えのメイドから聞いた話だが、シャルロットは確かに以前ナディアと敵対していたが、助けられたこともあるらしく、一応恩は感じているらしい。その時に受けた貸しくらいは返すつもりで、公爵邸に匿うことについては了承しているらしい。
昔はわがままし放題のお嬢様だったのに、譲歩することを覚えた。あの方にしては成長したと思う。
ヴィネットは、ナディアが青年の懇願を断ろうとしているのに気付くと、それを止めるべく咄嗟に声をかけていた。
この青年の肩を持ちたくなったのだ。
自分は愛されなくてもいいからそばにいて相手を愛したい、という青年の叫びに、心が揺さぶられた。恥も外聞もなく愛を叫ぶ青年の姿に、ヴィネットは胸を打たれていた。
これほどまでに献身的な愛を捧げられているというのに、ナディアは断ろうとしていた。愛しても愛しても、本当の意味では受け入れてもらえない自分と青年の姿が重なった。
ナディアはこの青年と番になるべきだと思った。ヴィネットはこの青年の援護をすることに決めた。
瞬時に頭を働かせて、シャルロットには申し訳ないが、彼女には悪役になってもらうことにして、何とかこの二人が一緒にいられるように仕向けたいと思った。
最初は全くそんなつもりはなかったとしても、男女が共に行動をしていれば、そのうちに間違いも起こるだろう。