19 僕たちはもっと違ったやり方で
ディオンは護衛たちに運び出されてひとまずナディアがいる部屋の豪華な寝台に寝かせられた。常に屋敷に詰めているという専属医が呼び出され、処置をされている最中にディオンは目を覚ました。
「ぐぅぅっ……!」
しかし、部屋の中に控えていたナディアを視界に入れるなり、ディオンは再び手で鼻を抑えていた。鼻に詰め物がされていたので血が滴り落ちてくることはなかったが、ディオンは興奮したようなギラギラとした目付きでナディアを見つめている。
浴室から出たナディアは用意してもらっていた真新しい服に着替えていた。純白の総レースで出来たフリルワンピースで、肘あたりまである袖は肩のあたりから透けていた。庶民であればそのまま結婚式でも挙げられそうな清楚な一品だ。
ディオンは鼻を抑えながらもハアハアと呼吸音を荒くしつつ、ナディアに声をかけた。
「ナディアたん」
(たん?)
「服、とても良く似合ってるよ。本当は君にウェディングドレスを着せたかったのだが、シャルに睨まれてしまって簡単なものしか用意できなかった。
濡れ髪の君もとても素敵だが、髪を乾かしたら、そのワンピースに合わせたヘッドドレスもヴィネちゃんに着けてもらって。メイクも本当は僕がしてあげたかったんだが」
手先が器用であり舞台俳優でもあるディオンはメイクも得意のようだった。
言いながらも、鼻血が詰め物を侵食してしまったらしく、ディオンの手が赤く染まっていく。
「旦那様、鎮静剤を打ちますがよろしいですか?」
「駄目だ、今日は公演がある」
起き上がろうとするディオンを、周りの者たちが支えた。
「部屋で少し休んだら出掛ける。今日はシドの処刑があるから客の入りは悪いだろうが、穴は開けたくない。
今日ばかりは公演を中止した方がいいという声もあったが、僕はそうは思わない。血を流すことよりも、人々が笑顔で居続けることの方が平和への近道だと思うんだ。娯楽は生活に必ずしも必要ではないと言う人もいるけど、そんなことはない。
僕たちはもっと違ったやり方で、新しい未来を作れるはずだ」
シドの処刑はアンバー公爵家も招待されていたが、当主であるディオンは出席を希望せずに舞台に立つことを選び、名代としてシャルロットとユトの二人が出席することになっていた――――――
「シドの処刑」という言葉に、わずかにナディアの顔が翳る。シドが行ってきたことを思えば処刑は妥当だと思うし、あの人がナディアを顧みることもほとんどなかったが、それでも自分の父親だった。
「悲しまないで、ナディアたん。帰ってきたら僕の歌を聞いてほしい。昨日君に出会って閃いて僕が作詞作曲したんだ。少しでも君の慰めになりたい。歌は得意なんだ」
ディオンが歌が上手いのは知っている。首都にいた頃にゼウスとの観劇デートで、ディオンが主演する舞台を観たことがあるので、その際に歌声も聞いている。
ナディアは貴族の事情にはあまり詳しくなかったのと、ゼウスも特に何も言わなかったので、ディオン・ラッシュが元々アンバー公爵家の人間だとまでは当時は知らなかった。
「また夜に会おうナディアたん! 今夜は君を離さない!」
支えられながらよろよろと歩いて部屋から出て行くディオンをヴィネットと共にお見送りしたのだが、投げキッスと一緒にそんな言葉を寄越されたので、ナディアは背筋が寒くなった。
冷気の元はディオンの言葉からというよりも隣から強く感じた。
ディオンが夜這いに来るつもりだと確信したナディアは、絶対に何か対策をしようと思った。例えばヴィネットに一緒に寝てもらうとかだ。彼女がそばにいれば、きっと全力で阻止してくれるだろう。
ディオンがまた白目を剥くはめになるかもしれないが。




