13 薄桃色の髪の護衛
「……ユトさん?」
ナディアが呼びかけると、気品に満ちていた表情がふわりと笑い、少し近し近寄り難いかった雰囲気が柔らかくなり人懐っこさが増す。
「嬉しいです。覚えていてくださったんですね」
「前髪が短くなっているのを見るのは初めてですけど、わかりますよ。すごく立派になって、かなり印象が変わりましたね!」
ナディアも朗らかな笑顔で返す。
以前のユトは、本当は強いくせにどこかおどおどしていて、自分に自信がないのが丸わかりだったが、今は違う。瞳が隠れるほどに伸ばしていた前髪を切ったことで、外見の印象がかなり変わったこともあるが、彼のこの変化は内面からくるものも多分にあると思った。
首都から離れた後に新聞で知ったが、ユトはアンバー公爵家次期当主になったシャルロットと結婚していた。ユトが変わったのはシャルロットと伴侶となれた影響がかなりあるのではないかと思う。
ユトには全体的に余裕が生まれていて、彼自身が今とても幸せであることが全身から伝わってくる。彼の左手の薬指に光る指輪も眩しい。
美しくなるのは、内面も外見も、きっと両方大事。
「そんな、立派だなんて私はまだまだです。将来に渡ってきちんとシャル様のお役に立てるように、今必死で勉強をしている最中なんです」
謙遜はするが、それは卑屈とは違う。彼の自信は揺らいでいないように見えた。ナディアが最後にユトを見てから一年の間に、彼が積み重ねてきた努力に裏打ちされているのだろうと思った。
ユトは以前シャルロットのことを「お嬢様」としか呼んでいなかったと記憶しているが、今は愛称呼びのようだ。そのことからもこの一年での二人の関係性の変化が見て取れる。
「あの、シャルロット様は――――」
「すみません、シャル様はナディアさんには会わないと言っています」
「あ…… そう、ですよね……」
なぜここにいるかは不明だが、とにかくナディアが今いるのはアンバー公爵邸のようだった。シャルロットの家にお邪魔しているのなら、一言くらい挨拶した方がいいのではないかと思って彼女の名を口にしたが、ユトは申し訳なさそうにしつつもはっきりとシャルロットの意向を伝えた。
ユトが自分に対し友好的なので忘れかけていたが、人間と偽り首都にいた頃とは状況が違う。ユトはナディアの本名を知っていたので、自分が獣人であることは彼もシャルロットも承知しているのだと思う。普通、進んで獣人と会いたがる人間はいない。
それに、ナディアはかつてゼウスを巡ってシャルロットに喧嘩腰で接している。元々心証は最悪だろう。
「シャル様のことは気になさらないでください。会わない一番の理由はうちの旦那様だったりしますので……」
ユトはそこで苦笑していた。
「……ユトさんは、私が獣人でも大丈夫ですか? 怖くないですか?」
ユトはナディアの言葉を受けて首を振る。
「『ご恩は一生忘れない』と申し上げたはずです。あなたの正体が獣人でも、あなたは私たち夫婦やアンバー公爵家を助けてくださった大恩人なのです。シャル様もそのことは理解しているはずです。
恩人の命の危機を見て見ぬ振りするなんて、私にはできません。アンバー公爵家末代までの恥です」
ナディアは笑顔になった。
「ありがとうございます」
最初会った時のユトはシャルロットの従者であり、敵側だと思っていた。しかしそんな人が自分を認めてくれたことにちょっと胸が熱くなる。
「あの、そもそもどうしてアンバー公爵邸にいるのか聞いてもいいですか? 昨日は銃騎士隊の牢屋の中にいたはずなんですけど、寝て起きたら場所が変わっていて、どうしてここにいるのか状況がちょっとよくわからなくて」
「あなたを牢屋から出して公爵邸に連れてきたのは、次期宗主配のセシル様です。あなたの命の危険が去るまでは、アンバー公爵家で守るようにと頼まれました」
「そうだったんですね……」
セシルとは一度しか会ったことはないが、その時もナディアを助けると言って冤罪を晴らしてくれた。
それから首都にいた頃、やはりオリオンの弟の一人であるノエルにも、周囲に獣人だと気付かせないために「魔法の塩」を貰っていた。
何だかんだで、ブラッドレイ兄弟には助けられてばかりかもしれないとナディアは思った。
「公爵邸の警備は厳重ですので、不法侵入を試みるような命知らずはいないでしょう。
あなたの正体については、旦那様とシャル様と私と、それからナディアさんの護衛を務める者にしか伝えておりませんし、他の者たちには大事なお客様なので丁重にもてなすようにと伝えています。
ナディアさんの護衛は、主家への忠義が厚くあなたの正体を外部に漏らさない者で、かつ護衛の任に長けた精鋭を揃えました」
そう言って、ユトは部屋の外にいた者たち五名ほどを中に呼び寄せた。その者たちの中には先程ナディアと会話をした薄桃色の髪の少女も含まれていた。
ユトは護衛たちを整列させて一人一人ナディアに紹介していく。
「彼女はメイド兼護衛のヴィネット・ヴァレリーです。ナディアさん専属のお世話係でもありますので、何かご入用の際は何なりとお申し付けください」
護衛の中で女性はヴィネット一人だけだった。




