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16 ジュリアスの婚約者

ゼウス視点

 パレードは中盤に差し掛かりつつあった。


 ゼウスは人が変わったかのように楽しそうにしてにこにこしている。


「最初からそれでいけば良かったのにな。一番初めは硬い無表情で、次は作り笑いだもんな」


「最初のは不可抗力ですよ。念願叶って異動できると思っていたのが駄目にされたんですからね。その後だって俺なりには頑張っていたつもりだったんですよ? まあ、あそこまでのものは目指せませんが」


 ゼウスはそう言って後ろを指差しながら、パレードの列が続く遥か後方を見るように首を巡らす。


 レインもつられるように後方を振り向いた。


「あれは異次元の存在だろ」


 二人のいる先頭からパレードの最後尾は見えないが、見えなくても何が起こっているのかはわかる。




 ぎゃあああああーーーー


 ジュリアスさまああぁぁぁーーーー




 パレードが始まってからずっと、後方から絶え間なく響いてくる空気を震わせるほどの複数の叫び声には気付いていたが、あまり触れないようにしていた。


 おそらく熱狂の渦の中、彼の人の笑顔に半狂乱となるご婦人方が多数発生し、そのうちの何人かは胸を射抜かれてバタバタと倒れていることが予想される。その屍を踏み越えながら新たなご婦人方が対象に近付くべく警備を掻い潜ろうと警務隊と衝突を繰り返していて、最後尾は混沌とした状況になっていると思われる。


 ジュリアスの支持者たちにとっては彼の姿を拝め、かつ交流を持てるかもしれない機会を得られて天国だろうが、亡者の如く群がろうとする無法者たちを捌く警務隊にとっては文字通り地獄だろう。


 このある種の阿鼻叫喚地獄絵図現象は、ジュリアスがゼウスたちのように先頭役を引き受けた年にはもう始まっていた。ジュリアスが初めて先頭役を務めた時はパレードの進行が妨げられるほどの人の群れが押し寄せてきて、安全が確保できないとパレードは一時中断し、ジュリアス抜きでパレードが再開されたものの、「なぜジュリアス様を排除した!」と荒ぶる民衆がまたパレードの進行を阻害したため、結局そのままその年のパレードは中止になった。


 ジュリアスは銃騎士隊新年祝賀パレードをその歴史の中で唯一中止させた伝説の男になった。


 翌年、ジュリアスはパレードには不参加だったが、そのせいかはわからないが寄付金の額が例年より減り、銃騎士隊本部にはこの件への抗議文が大量に届いたという。


 翌々年からは、ジュリアスは先頭ではなくパレードの殿(しんがり)を努めるようになった。パレードの最後尾ならば人がバタバタと倒れてもパレードの進行は妨げられないし、お祭り騒ぎがしたい民衆の意向も汲むことができる。パレードが通った後には病院に担ぎ込まれる者も何人かいたが、一応警務隊と協議して過不足なく対応することになっていて、総隊長は利益と不利益を天秤にかけた結果ジュリアスをパレードに参加させることにしたのだった。


「『フィー副官』は大丈夫でしょうか……」


 ゼウスの語る『フィー副官』とはジュリアスの専属副官であるフィリップ・キャンベル伯爵令息だ。彼は貴族では珍しく本人の意向により銃騎士隊員になった。


 各隊長は自身に専属副官を付ける権利があるが、隊長代行であるジュリアスもその権利を有している。ジュリアスは自身の副官にはずっと友人でもあるフィリップを指名し続けている。


 ちなみにジュリアスの婚約者はフィリップの妹であるフィオナ・キャンベルだ。彼女は病弱なために首都から離れた領地に引っ込んでいるという話で、あまり公式な場には出て来ない。

 田舎にある実家のキャンベル伯爵家にはジュリアスとの婚約をやっかんだ者たちによる不幸の手紙や呪いの人形などが毎日のように届いているらしい。


 ジュリアスと婚約を結んだ後、フィオナの実家付近には彼女を害そうとして雇われた破落戸(ごろつき)などが増えてしまった。暴漢などに襲われることを防ぐために、実家の伯爵家はフィオナの所在を隠すようになった。

 実家にフィオナを訪ねて行っても、療養のために別の場所にいるとしか言われず、いつも不在だ。行き先を訪ねても教えることは出来ないの一点張りだ。

 しかし、貴族令嬢が長期滞在できるような近隣の宿泊所やそれらしい療養施設、伯爵家の別荘などにもフィオナがいる形跡はないらしい。

 本当は実家に隠れ住んでいるのか、それともジュリアスに会うために首都に潜伏しているのか、その所在はようとして知れない。


 フィオナと実家のキャンベル伯爵家はジュリアスと婚約を結んで以降、ほとんど一度も会ったことがないような者たちからの害意に晒されて大変な目に遭っているが、それは兄のフィリップも同様だった。

 フィリップは妹のため、ジュリアスに変な虫がつかないように日々彼に迫り来るご婦人方を遠ざけて冷たくあしらっているのだが、そのせいで裏では「鬼の副官」を始めとした「鬼畜シスコン」「冷血チビメガネ」「万年クソ童貞」といった酷いあだ名を付けられてしまっている。本人があまり気にしていないのが救いだが。


 本日も副官であるフィリップはジュリアスに付き従っているはずだ。押し寄せる女性陣からジュリアスを守ろうとしているはずだが、ジュリアスよりもフィリップが怪我などしていないかが心配だ。ジュリアスはとんでもなく強いので、彼が怪我をしていないかどうかの心配は一切不要である。


 フィリップは灰色の髪に灰色の瞳をしている。小柄で銀縁眼鏡をかけた怜悧な印象の青年で射撃の名手と言われていた。

 最初フィリップに会った時は、「鬼の副官」なんて言われているのは知っていたのでどんなに怖い人なのだろうと思っていたが、実際に会ってみると彼は噂とは違いかなり柔和で優しい人だった。

 まだ訓練学生だった頃、学校にジュリアス隊長代行とフィリップ専属副官が模擬試合を視察しに来た事があった。試合中にゼウスは刀傷を作って流血してしまったのだが、すぐに飛んで来たフィリップに医務室まで背負われて手当てまでしてもらった。


 ゼウスは一瞬でフィリップに懐き、その時は『フィーさん』と呼ぶことにした。


 フィリップはレインやアスターたちより年齢が一つ上でゼウスとは四歳ほど離れているが、彼とは気が合ってとても仲良くなれそうな先輩だと思った。愛称で呼んでもいいかと尋ねた所、快く了承してもらい、彼からは『フィー』と呼ぶようにと言われた。


 本当は『フィーさん』ではなくて『フィー先輩』の方が良かったのかもしれないが、その時はアスター並みに親密になれそうな気配を感じ取ったためにそう呼んだ。


 ゼウスは、真に「鬼」なのはジュリアスの方だと思っている。あの時怪我をフィリップに治療してもらって医務室で二人きりで談笑していると、いきなり血相を変えたジュリアスが扉を壊さんばかりの勢いて入ってきて、一瞬だけこちらを睨んできた。ジュリアスが怖い顔を向けてきたのは一瞬だけで、その後すぐ和やかな雰囲気を出しながら彼は会話に交じってきた。


 その時のジュリアスは笑っていた。笑っていたはずだったのだが――


 その後、怪我もたいしたことないと主張して訓練場に戻れば、ゼウスはジュリアスから模擬戦をしないかと持ちかけられた。フィリップは怪我をしたばかりなのにと反対していたが、銃騎士隊最強とも言われている二番隊長代行自ら訓練をつけてもらう機会などなかなかない。ゼウスはせっかくなのでその対戦を受けることにしたのだが――――


『エヴァンズ! 目が覚めて良かった!』


 気付けば医務室に逆戻りしていて、寝台の上に寝かされていた。


 そばには心配そうな顔を安堵の表情に変えているフィリップと、少し申し訳なさそうな顔したジュリアスがいた。


 ゼウスは対戦中にジュリアスからの剣の柄を使った鋭い一撃を鳩尾にくらい、そのまま失神していた。


『すまない、少し加減を間違えてしまった』


 ジュリアスはそう言って謝っていたが、しかしゼウスは、ジュリアスが加減を間違えたわけではないことを知っていた。


『あまりフィーに馴れ馴れしくするなよ』


 剣戟の最中にジュリアスが冷たい声音でそう言ってきた。周囲にはわからないほどの抑えた声だった。ゼウスが失神するほどの一撃を受けたのはその直後だ。


 ジュリアスは試合前にゼウスと微笑みを浮かべながら会話をしていたにも関わらず、その裏では脅しをかけてきた。忠告された時の声の冷たさを思い出してゼウスはちょっと背筋が凍った。医務室に現れた時に一瞬睨まれたのはどうやら見間違いではなかったようだった。


 フィリップは貴族でもあるし、隊長代行の専属副官という栄誉ある役職に就いている。そんな偉大な先輩に向かって一訓練生がいきなり愛称で呼びたいなどとはちょっと不敬だったかもしれない。フィリップは貴族であることを全く鼻にかけておらず、後輩の怪我を心配して飛んで来てくれるくらい優しい。ゼウスはその親しみやすさから彼が貴族であることなんてすっかり忘れていた。


 以降は『フィーさん』改め『フィー副官』と呼ぶようにしている。時々本部で上官二人に会うこともあるが、フィリップと二人きりでいるとジュリアスが何か言いたそうな視線を向けてくることがわかったので、ジュリアスの気分を逆撫でしないようにフィリップと会話をするのはジュリアスがそばにいる時だけに留めている。節度を持って接していることを示せばジュリアスがそれ以上何か言ってくることもなかった。


 フィリップはとても気さくなのだがジュリアスがいると常に監視されているようで肩が凝る。訓練学校時代も上下関係はあったが、銃騎士隊自体の上下関係もなかなか厳しいなと思った。

 ジュリアスは基本物腰は柔らかいのだがフィリップに関してはかなり過保護と言っても良く過敏になる。ジュリアスの内面には絶対に裏の部分が何かあるとゼウスは思っている。ジュリアスはゼウスにとってはだいぶ苦手な先輩、いや、苦手な上司だった。弟のノエルはとてもいい奴なのに、その長兄は食えなさすぎる。


「そう言えば……」


 ゼウスはふと思った疑問をレインに向かって口にする。


「『フィリップ』の愛称なら『フィー』じゃなくて『フィル』だと思うんですけど、どうしてレイン先輩やジュリアス隊長代行は『フィー』って呼んでいるんですか? 本人もそう呼んでほしいと言っていましたし、何か理由があるんですか?」


「………………さて、どうしてだろうな」


 レインはフィリップたちと同じ二番隊に所属しているし、付き合いはゼウスよりも長い。何かいきさつを知っているだろうかと何気なく聞いてみたが、レインからはっきりとした答えは返ってこなかった。


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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