6 信じる
ヴィクトリア姉様とレイン先輩が番になってしまった。
もっと早く気付いても良かったと思うが、レイン先輩の言っていた「嫁」とは、即ちヴィクトリア姉様のことだった。
てっきり本命の人間女性がどこかにいるのかと思っていたが、ナディアがそう口にすると「本命はヴィクトリアに決まっているじゃないか」と、心外だ、ばりの物言いをレイン先輩はしていた。
銃騎士であの見た目ならモテそうなものなのに、レイン先輩はヴィクトリア姉様をずっと狙っていて、女を遠ざけ続けていたそうだ。時には自分が男色家であるかのような噂を自ら流すこともあり、必ずモノする決意だったそうだ。
対するヴィクトリア姉様も、元からレイン先輩への『番の呪い』にかかっていたわけで、ある意味本懐を遂げたようなものである。
姉様も、ナディアのように枷までは付けられていないが、地下室に閉じ込めてられて外に出ることを禁じられていた。
姉様は、レイン先輩がいない夜だけではあるが、ナディアが寂しくないようにと一緒の寝台で眠ってくれるし、地下室ではずっとそばにいてくれる。
レイン先輩も帰宅時にはお土産だと言って新しい本を買ってきたり、美味しいと評判の料理を持ち帰ったりしてくれる。
食事も、二人はナディアを除け者にすることなく三人で食卓を囲んでくれるが、番になった二人の関係性をそばで感じていると余計に、ナディアは現状に押し潰されそうになる。
ゼウスは、処刑執行当日の朝に出かけたきり、一度も地下室に戻ってこない。
レイン先輩曰く、ゼウスは大怪我を負っているとかそういうわけではなく、身体上はたぶん大事ないとのことだった。けれど、何かの事情で塞ぎ込んでいるらしく、自分の寮から全く出てこなくなってしまって、仕事も体調不良を理由にずっと休んでいるらしい。
あの生真面目人間が仕事を休むとは余程の事態だ。
レイン先輩は明言を避けていたが、やはり獣人の自分と身体を繋げてしまって『悪魔の花婿』になってしまったことが、ゼウスには負担だったのではないかと―― どうしたって考えはそこに行き着いてしまう。
最愛のゼウスに会えなくて寂しさが募る中、彼の「拒絶」を感じてしまうとやはり辛い。ナディアが考えることといえば暗いことばかりだった。落ち込むナディアはヴィクトリア姉様の前で何度も泣いてしまい、その度に姉様に慰められた。
ゼウスの様子がおかしいことと関係があるかわからないが、シドの処刑があった日の午後に、ナディアとゼウスを無理矢理くっつけた張本人であるオリオンの父アークが倒れたらしい。
今すぐ命に別状がある様子ではなく、容態は安定していて生きてはいるが、ずっと意識が回復せず眠ったような状態らしい。調べても身体に異常は見つからず、医者もなぜこのような状態になっているのか首を傾げているそうだ。
シドが処刑されて世の中がお祭り騒ぎの中、アークが倒れた知らせだけは、祝賀の空気に影を落としていた。新聞などでは、このまま目覚めない状態が長く続くようなら、アークは銃騎士を退役し、息子のジュリアスが二番隊長に就任するのではないかと書かれていた。
そんな中で、ナディアはレイン先輩から一つの鍵を渡された。
ナディアの左足首に付いている枷を外す鍵だった。レイン先輩は足枷の鍵の予備を所持していた。
この先ゼウスがどう出てくるかわからないが、ずっと鎖で繋がれているのも不便だろうし、地下室からは出せないけど、枷を外すくらいなら構わない、と。
ナディアはそれを拒否した。これはナディアがゼウスのものであるという『所有の証』だからだ。
「このままで大丈夫です! 不便なんて紐パンしか履けなくなったことくらいだし、むしろ紐パン大好きですから!」
「そ、そうか……」
ナディアが叫ぶと、レイン先輩は若干勢いに呑まれた様子で返事をしていた。
外したくなったらいつでも言ってほしいとは言われたが、ナディアは『所有の証』を外すつもりは一切なかった。
『何があっても、俺のそばにいて』
ナディアは枷を外されそうになったことをきっかけに泣くのをやめた。
ゼウスは、理由はわからないけどきっと何かの事情があって、ここに来られなくなってしまっただけだと思うことにした。
彼の愛を信じよう。
今の自分はただ信じて待つことしか出来ないが、今度こそは彼を信じ抜くと決めたから。
その日の夜半、ヴィクトリアがレインと夜を過ごすことになり、部屋で独り寝をしていたナディアは、突然地下室に現れたノエルによって、ゼウスと、それからオリオン―――― シリウスの現状を知った。
アークが倒れたのはシリウスが何かやったわけではなく、アーク自身がとある禁断魔法を使った影響です。