5 父が死んだ日
本日はシドの処刑が行われる日だ。
三番隊勤務になっているゼウスは処刑場の警備に駆り出されているらしく、レインと共に仕事に行くそうだ。
昨夜も今朝も愛し合ったが、隊服を着て父が処刑される場所へ赴こうとしているゼウスの姿を視界に入れてしまえば、この人は獣人を狩る側の者なのだと思い知らされる。
ナディアは言葉数が少なくなり、神妙な面持ちでゼウスの見送りに立っていた。
ゼウスもナディアの様子に思う所があるようで、ゼウスの出勤直前にはお互いにほぼ無言だった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一階に繋がる地下出入り口へと続く階段を上る直前、お互いに簡単な言葉を交わし合う。
ゼウスはそのまま地上へ進んで行くのかと思ったが、階段へと歩く足が途中でくるりと向き直り、戻ってきてナディアを抱きしめた。
「何があっても、俺のそばにいて」
ナディアはゼウスの言わんとすることを察した。
元々はお互いに敵同士の立場ではあるが、二人の胸に愛はある。
「ここで待ってるから」
ナディアはそう答えてから、ゼウスの口付けに応えた。
ゼウスが外へ出て行き、地上へ続く扉が閉じられた。
地下室では時間の経過はあまりよくわからない。サンルームから感じる光の変化と、置き時計が頼りだ。
サンルームの天井は硝子張りになっていて、一階部分のサンルームの床と繋がっているそうだが、特注強化硝子を五枚重ねにしてあるらしく、磨り硝子のようになった天井から淡い光が降り注いでいた。
地下室とはいえサンルームの中には花壇があって、植えられた花々が綺麗に咲いていた。
地下室で何もすることがなく手持ち無沙汰だったナディアは、地下室の花を眺めたり、書斎にあった本を読んだりしていた。
しんと静まり返る地下室内に、カチリカチリと時計の針の進む音が響いていた。ナディアは地下空間の中心に位置するリビングで本を読んでいたが、時計の針が昼の時刻へ近付いていくほどに、そわそわと落ちつかなくなり、本の内容もあまり頭の中に入ってこなくなった。
ナディアは本に栞を挟んで閉じた。どさりとソファに倒れ込み、ちらりと棚の上の置き時計を見れば、時間はちょうど昼を少し過ぎたあたりを指していた。
父の処刑は昼過ぎだとしか聞いておらず、具体的な時間は知らない。ここに閉じ込められている以上、最早自分は何もしてやれない。
父は罪を償うために処刑される。こんな結末にならないように、何ができることがあったかもしれないが…… あの圧倒的に理不尽で、自分の意に染まぬ話など全く聞かない人に何かできたことはあったのだろうかと、ナディアはぐるぐると考えを巡らせていた。
バタリと、地下室の扉が開閉する音で目が覚めた。ナディアはソファの上でいつの間にか眠っていたらしい。置き時計に目をやればすでに夕刻だった。レイン先輩が用意してくれていた昼食も食べていないが、昨夜は疲れてしまったので身体は眠りを欲していたようだった。
人の気配が増えている。覚醒したナディアはソファから飛び上がって、扉へ続く階段へと走った。
ナディアは現れたその人物に向かって叫んだ。
「姉様!」
地下室に現れたその匂いは紛れもなく、義姉ヴィクトリアとレイン先輩のものだった。
「ナディア!」
ヴィクトリアも階段を駆け下りてきて、階段を下りた所で二人でひしりと抱き合った。
「ナディア、あなたが無事で良かった……」
ヴィクトリアは号泣していた。包容の後に、ヴィクトリアはナディアの頬を撫でながら、こちらを真正面から見て言った。
「ナディア、シドが死んだわ…………」
わかっていたことだった。覚悟はしていたが、父親の処刑が執行された知らせは、ナディアの頬も濡らすことになった。
下にネタバレあり補足があるので、本編(ヴィクトリアの方も)未読の方はご注意を。
《補足》
このルートではナディアの「死」の可能性がなくなったため、シリウスに『未来視』が発現していません。
よってシリウスは作戦から抜けず、五人で抑え込んだのでシドは処刑されています。
ヴィクトリアは処刑場に現れましたがシドは手出しできず、ロータスの銃撃とマグノリアの気絶の後にレインに捕まりました。