1 雨降って地は固まったのか?
ここからはゼウスと結ばれるゼウスアナザーエンドです
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R15
「ゼウス……」
名を呼ぶと、快楽に溶けそうになりながらもこちらを咎める厳しい視線と目が合った。
(ゼウスはやっぱり私を許していないのね……)
心につきりと棘を突き刺したような痛みが走るが、ナディアは悲しみを感じながらも、ゼウスのしたいようにすればいいと思った。慰み物にしたいのならそうすればいいし、たとえ殺されることになったとしても、すべてを受け入れようと思った。
ナディアは決意を込めて目を閉じた。
「ナディア」
ゼウスに本当の名前を初めて呼ばれて、固く閉じていたナディアの目が驚愕に大きく見開かれた。
「愛してるよ」
衝撃に声も出せずに固まるナディアの頭の中で、カチカチカチという音がした。
『愛してる』
ナディアはゼウスに翻弄されながらも、先程のゼウスの告白を思い出して、幸せに浸っていた。
廊下からコツコツと足音が聞こえてくる。
「ゼ、ゼウス……」
「わかってる」
時間の経過すらよくわかっていない状態だったが、おそらく二時間経ったのだ。
「ごめんね……」
ナディアの涙を拭ったゼウスは、そう囁いてから口付けてきた。
レイン先輩は水とかタオルとか着替えとか、必要と思われる物一式を持ってきてくれていた。
まだ媚薬の効果が残っているだろうからと、飲む中和剤を出されて、それから、ナディアには事後でも大丈夫だという避妊薬が用意されていて、それも飲んだ。
身支度が済んだら上に上がってきて、とレイン先輩は牢屋の鍵を開けた状態で、またコツコツと足音を響かせてこの階から出ていった。
ナディアはレイン先輩がいなくなるまで、ゼウスの隊服にくるまりながら寝台の上から動かずにじっとしていた。
裸を見られたくなかったからだが、対するゼウスは、レイン先輩に裸を見られても全く気にしていなかった。自分の身体を隠すことすらせず、レイン先輩と軽く何かを話していた。
以前訓練生だった頃、合宿中などではレイン先輩と一緒に入浴したことがある、とは昔聞いたことがあるが、しかし、事後の身体を見られても構わないとは、やはり二人はよほど仲が良いというか、ゼウスはレイン先輩を信頼して心を開いているのだろうと思った。
レイン先輩とは会話をしていたのに、着替えをしている最中、ゼウスはナディアに一言も声をかけてくれなかった。
ゼウスが先程ナディアを抱いたのは媚薬のせいであって、彼の意志ではない。ゼウスにしてみれば、『悪魔の花婿』だなんて、不本意な立場になってしまったのだ。その上でさらに愛してほしいだなんて、それは望みすぎかもしれない。
ゼウスと番になったことはそれでいいと思っているが、果たしてこれから先ゼウスとどんな関係性になっていくのかは不安である。少なくともやっぱりナディアを拒絶しているような今のゼウスの態度を見ている限りでは、恋人には戻れないように思った。
どよんとした暗い気持ちのままで寝台から降りて立ち上がろうとした瞬間、目眩がしたのとズキッと下腹部に痛みが走ってナディアはよろけてしまったが、すかさずゼウスの手が伸びてきて支えてくれた。
「身体痛いの? 大丈夫?」
お腹を抑えて僅かに眉根を寄せてしまったせいか、ゼウスが心配そうな表情でこちらの顔を覗き込んできた。
こういう優しい所は昔のゼウスのままだ。
「うん、大丈夫……」
「無理しなくていいから、ここで少し横になって――――」
ゼウスは後ろを振り返ったが、狭い寝台は身体を休ませられるような場所ではなくなっていた。
「……ここじゃちょっと、ね………… 移動してもう少しマシな部屋で休ませてもらおう」
「えっ……」
ナディアが戸惑った声を上げたのは、ゼウスにお姫様抱っこをされたからだ。
ナディアは咄嗟に嬉しいと感じる反面、やはり戸惑いも強かった。
(こんなことをされたら愛されてるって錯覚しちゃう。惨めになるだけよ……)
ゼウスは先程ナディアを抱きながら『愛してる』と言ってはくれたが、媚薬の影響下での発言だから、本当かどうかなんてわからない。
自分はもうゼウスから離れられなくらい愛しているけど、彼も同じ気持ちとは限らない――――
番に愛されないなんて辛すぎる。
ゼウスに抱えられて移動しながら、ナディアは目に涙が滲んできてしまいそうになって、悟られないように下を向いた。
「泣かないで。もう大丈夫だよ」
でも結局、泣きそうになっていることはばれてしまった。
「詳しい話は上に上がってから先輩に聞くけど、たぶんナディアの処刑はなくなったはずだから、心配しなくていい。ナディアはこれから、俺の獣人奴隷として生きていくんだ」
(やっぱりそうよね。良くて奴隷)
「こんなことになってしまった以上、責任は取るよ。獣人にとって番はとても大切な存在なんだよね? 番を失うと悲しみのあまり死んでしまうこともあるって聞いている。だからこれからはずっと、俺がそばにいるよ」
その時ばかりはゼウスが優しい顔をしていたから、期待しては駄目だと思いつつ、ナディアの胸はゼウスへの愛しさで満ちていた。