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8 鬼畜な二人

ナディア視点→ゼウス視点→ナディア視点

 この男(アーク)がナディアに脱処女しろと言っているのはわかった。


 その男というのはたぶんゼウスのことだと思う。レインを番にするなんて絶対にお断りだ。そういう意味なら全力で逃げようと思った。


「銃騎士隊が『悪魔の花婿』を許容するのですか! そんなことは絶対に許されません!」


 傍らのゼウスがアークに向かって正論を吐いていた。


「許されるさ。お前は既にその女の奴隷主人()()()。俺の権限でそういうことにしておいてやる」


 子供さえ作らなければ獣人奴隷と主人の性交は見逃されている――――


 ゼウスとアークの会話から、相手がレインではないとわかってナディアはちょっとほっとした。


「ゼウス、現状では彼女を救う方法はこれしかないんだ。お前は頭が硬すぎる。つべこべ言わずに抱いてしまえ」


 そう言って、三本目の注射をナディアの腕に突き立てようとしたレインの手から、今度こそ注射器を奪ったゼウスは、それを床に叩きつけて踏み潰した。


「いい加減にしてください! 俺は絶対に嫌だって言ってるじゃないですか!」


 絶対に嫌―――― 


(拒否された…………)


 別れると自分でも決めた恋人だったが、嫌われているのかと思えばナディアは涙が出そうだった。


 注射器を奪われたレインは一つ溜め息を吐き出した。


「じゃあ何でここまでついてきた? 話を蹴るならそもそも来なければ良かったじゃないか」


「それはレイン先輩が!『来なかったら俺が「悪魔の花婿」になっちゃうかもな』とか脅すからじゃないですか!」


「俺はどっちでも構わんが」


 横槍を入れるように発言したアークの言葉を聞いて、ナディアは背筋が寒くなった。


 レインとなんて絶対に嫌だが、一本目の薬が効いてきたようで身体が上手く動かなくなってきた。抵抗は絶望的だ。

 三本目の注射が何だったのかも恐ろしくはあるが、ゼウスのおかげで打たれずに済んでよかった。

 ナディアは自分がまな板の上の鯉である自覚があった。自分がこれからどうなってしまうかは、状況に身を委ねるしかないだろう。


「隊長、俺は後輩の恋人を寝取ろうなんて考えたことはありませんよ」


「…………もう、恋人なんかじゃありません」


 ゼウスが絞り出すようにそう言った。その言葉を聞いてナディアは胸が痛んだ。


「ちゃんと話し合って別れたわけじゃないだろ。二人の胸にお互いの存在がまだあって思い合っているのなら、それはまだ付き合ってるってことだ」


「そんな超理論いりませ――――」


 反論しかけたゼウスの言葉が途中で止まった。ゼウスはその場に突っ立ったまま、不自然なほど微動だにしない。






******






 ゼウスは以前同じような状態になった経験があったのでわかった。これは魔法だ。


 ゼウスはこの状況に追い込んだ男を睨み付けたかったが、身体が動かない。






******






「無駄口はいい、時間がないんだ。レイン、さっさとやれ」


「はい」


 レインはアークに命令されるがまま、床の上に置かれていた小さめの銀色のケースの中から注射器をもう一本取り出すと、固まっているゼウスの首筋に注射器を打ち込んだ。ゼウスは動かせた瞳でレインを捉えると、今度こそ睨み付けた。


「心配するな。彼女に使ったのと同じ安全な成分の媚薬だ。ゼウス、こうするのが一番いいんだ。無理矢理にでもこんな状況を作らなければ、お前は素直にならないだろ」


 ゼウスの首から注射器を抜いたレインは、隊服の中から何かを取り出すと、既に媚薬の効果が出始めて荒く呼吸を繰り返していた寝台上のナディアに向かって放り投げた。


 パラパラと身体の上に落ちてきたそれらをナディアは見つめた。


(これ、避妊具……)


「三本目の注射器の中身は避妊薬だった。結構良い品でね、一本しか持ち合わせがなかったんだが、念の為にこれも持ってきておいて良かった」


 獣人奴隷と主人の性交は見逃されていても、子供を作ったら流石に庇いきれないからだろう。


「忘れ物だ」


 短くそう言ったアークが、魔法で手の中に出現させたものをゴトリと床の上に置いた。それを見たナディアはぎょっとしてしまった。それは、一年前にナディアが首都から出ようとした時に荷物入れにしていたトランクだった。

 状況が変わっていなければ、中身はゼウスがナディアに使うつもりの拘束具で満ちているはずだ。


(薬で身動き取れないのに枷とか鎖とかまで持ち出してきてどうしろって言うの! 天井から吊るされたりするのかしら私?!)


 ナディアはトランクを見つめながら戦々恐々としていた。痛いのは勘弁してほしい。


「二時間だ。それ以上は待てない。次に来た時に番になっていなければ、その女はレインに抱かせる。どうしてもその女の裏切りが許せずに殺したければ、殺しても構わん」


 アークは無茶苦茶なことを言ってから踵を返して牢屋から出ていこうとする。


「そうならないように願いたいものだけどね…… 


 このフロアには二人以外誰もいないし、近付く者も誰もいないようにしておくから、安心していいよ」


 そこでレインは、ニッコリと笑う。


「思う存分ヤれ」


 アークの部下(レイン)も上官に劣らず鬼畜な捨て台詞を吐いてから、牢から出て入り口に鍵をかけた。


 ナディアは最後に声をかけてきた時のレインの表情を見て寒気がした。笑っていたもののその表情には、「酷いことになるぞ」と言って脅してきた時以上に冷たさを感じたから。


 確かに酷いことになっている。復縁を通り越してまずは肉体関係を持てとはこれ如何に。


 あの人(レイン)はいつまでも恨みを根に持つタイプだ。すごい嫌、とナディアは思った。番になるとか絶対無いわ。


 廊下を歩く二人の足音が遠ざかり、聞こえなくなる。


 ガクリ、とゼウスが突然その場に膝を突いたのだが、その呼吸はナディア同様に荒くなっている。


「ゼ、ゼウス…… 大丈夫?」


 声をかけてみるが返事はない。ゼウスは落ちた金色の髪の隙間から蒼碧の瞳でナディアを見つめているだけだ。その瞳の奥に情欲が見え隠れしつつも、ゼウスはなんだかこれまで見たことがないくらいすごく怒っている様だとナディアは気付いた――――


 ゼウスと再会した時はどうするべきかとナディアはずっと考えていたが、実際は想定外すぎる状況での再会となってしまい、泣きたくなった。


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完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです

両方読んでいただくと作品の理解がしやすいと思います(^^)
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