7 ここで済ませろ
ナディアが捕まった経緯は「獣人姫は逃げまくる…」の「86 油断大敵」あたりを読むとわかります
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ヴィクトリアを逃がした後、列車の中でレインやその他何名かの銃騎士に捕まったナディアは、拘束されたまま首都まで移送された。
連れてこられたのは首都にある銃騎士隊本部だった。敷地内の奥まった一角にある無味乾燥な建物に入れられて、本部に着くなりどこかへ行ってしまったレインに代わり、別の銃騎士と共に廊下を進み階段を下りていく。
ナディアはずっとそわそわしていた。その原因が今も胸の中にいる金髪の少年であることはわかっている。
『――――殺したい』
ここは銃騎士隊本部なのだからきっと彼も近くにいると思った。会いたいような、会いたくないような。
ナディアが連れてこられたのはこじんまりとした牢屋の一室だった。廊下の照明以外は檻の中の天井からぶら下がる小さな電光灯が一つきりである。牢の中は簡易的な寝台が一つと、剥き出しの便器が一つあるだけだ。
ナディアをここまで連れてきた銃騎士たちは、ナディアを檻の中に入れると、「沙汰があるまでここで大人しくしているように」とだけ告げて行ってしまった。
足音が遠ざかった後、何とか牢屋から出られないかと檻を激しく揺さぶってみたが、対獣人用のしっかりとしたものらしく壊れる気配はなかった。
檻に入れられる際、両手を前面でまとめるように拘束していた手枷が外されたことはありがたかったが、敵の総本山とも呼ぶべき場所から逃げ出すのは至難の業かもしれないと思った。
ナディアは寝台に腰掛けると一つ溜め息を吐き出した。
(これから取り調べとかあるのかしら?)
首都までの道中、暗い目をしたレインにずっとヴィクトリアの行き先を尋ねられたが、知らぬ存ぜぬで通した。「言わなければ酷いことになるぞ」と脅されもしたが黙秘だ。
以前首都で会った時のレインは大人の落ち着いた好青年みたいな感じだったのに、何であんなに変わるのだろうと思った。二面性が酷い。やはりあの男にだけはヴィクトリアは任せられないとナディアは改めて思った。
「レイン先輩!」
愛しくも懐かしい声が叫んでいるのと、腕にチクリと痛みが走ったのに気付いてナディアははっと目を開けた。いつの間にか寝台の上に横になり寝てしまっていたようだが、牢屋の中に人が増えていた。
一人は目に剣呑な光を宿したレインで、手に注射器を持っていた。それは既にナディアの腕に打たれた後であり、レインは一本目を破棄すると二本目を取り出し再び打ち込もうとしていた。
もう一人はオリオンの父である灰色の髪と瞳をした銃騎士アークだ。アークはナディアとゼウスの破局のきっかけになったあの事件の黒幕でもある。
そしてもう一人は、薄暗い照明のせいで美しい容貌に影がかかっているが、ナディアのかつての恋人であり結婚しようと誓い合ったこともあるゼウス・エヴァンズその人だった。
雰囲気が怖いレインに何か怪しげな注射を施されてるとかはどうでもよくなってしまって、ナディアは再会を果たしてしまったゼウスの姿をただ凝視していた。ゼウスはこの一年で少し成長していて、もう少年ではなくて青年とも呼ぶべき姿になっていた。
「レイン先輩!」
またゼウスの麗しい声が聞こえて、ナディアはドキドキした。ナディアの胸にはまだゼウスへの思いが燻りまくっていた。
(ゼウスがこっちに来る…… いい匂い……)
ゼウスはまだ他の女性を抱いていないようだった。
ゼウスはレインの腕を掴んで妙な注射を打つのをやめさせようとしていたが、その前にレインが素早く打ち込んでしまう。
「な、にを……」
またチクリと腕に痛みが走り、ナディアは流石に何の注射か問い質すべきだと思ったが、上手く声が出なくて顔をしかめた。
「一本目は身体が上手く動かなくなる薬。即効性があるからすぐに効いてくるはずだ。二本目は媚薬。理性がぶっ飛ぶくらいの強力なやつ」
(び、媚薬っ!)
そういう薬があることは知っているが、自分の人生にはあまり関係がないと思っていた。
「お前に生き延びる機会をやろう」
発言したのは、危うい表情を見せているレインや、ぎょっとした顔をしているナディアとゼウスではなくて、無表情で状況を見ていたアークだ。
「助かりたければ媚を売ってその男を籠絡しろ。ここで済ませるんだ。番になれ。そうすれば明日の処刑はなしにしてやる」
(番になれ? 明日の処刑??)
決別したはずの恋人との再会や、媚薬を打たれたこと―――― 寝起き直後に与えられた様々な情報過多により、ナディアの頭は混乱した。




